頑固本屋

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 当然、何わけのわからないこと言ってんだと僕が呆然と佇んでいると、ますますラーメン屋のようなことを言って、店主は僕に読むよう急かす。 「本が伸びるて……」  小声でそんなツッコミを入れつつも、店主の強面と凄みの利いた声に反論する勇気もなく、仕方なく僕は椅子に腰かけると、今買った『人間失格』を読み始める。  なになに……私は、その男の写真を三葉、見たことがある……へえ、こんな始まり方だったんだあ……これは〝さんまい〟と読むのかな? それとも〝さんよう〟でいいのか?  それでも、いざ本に向かうと真っ白い紙面に踊る文章に集中し、意外と知らない名著の冒頭と、そんな古風な 言い回しに早くも興味を覚えていたのだったが……。 「なにちんたら読んでやがんだ! 太宰の文体の良さってのはなあ、その修辞が多く長いのにも関わらず、すらすらと読みやすいとこにあるんだ。もっと流れるように読めねえのか!」  自分で読めと言いながら、僕の読書を邪魔するかのように店主がケチをつけてくる。  な、何? それがお客に対して言う台詞? ここって本屋さんだよね? でもって、僕はお客さんだよね?  その予想外に浴びせられた暴言に怒りを感じるよりも、僕はむしろ驚いたというか、呆れてしまって目をパチクリとさせる。 「………………」 「…な、流れるようにですね……」  だが、こっちをじっと睨みつける店主の据わった眼が怖いので、僕は仕方なく、今度はさらっと文章を目で追いながら、パラパラとなるべく早くページを捲くるようにした。 「なに飛ばし読みしてやがんだ! そんなんじゃ美しい太宰の文体を半分も味わえねえだろうが! もっとじっくりと噛みしめるように読まねえか!」 ええ~っ? さっきと言ってること反対じゃん!  しかし、理不尽にも気難しい店主は、僕のそんな努力を踏みにじるかのように、またも頭ごなしに読み方を批判してくる。  どんだけ太宰LOVEなのかなんなのか知らないが、それでも商売人なのだろうか? てか、まともに商売する気あんのか?
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