頑固本屋

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「そ、そうだ! 用事があるのを思い出したんで、僕はこれで失礼します!」  もうこれ以上、こんな失礼極まりない本屋につきあってやる義理はない。  いろいろと文句を言ってやりたい気持ちはもちろんあったが、怒らせれば何されるかわかったもんじゃないし、こんなことで低俗なケンカするのも大人としてどうかと思われたので、僕はそんな言い訳を口にすると、文庫本片手にいそいそと椅子から腰を上げる。 「フン! 最近の若いヤツらはちょっと言われるとすぐこれだ。何があってもへこたれなかったメロスの我慢強さをちったあ見習えってんだ」  すると、その言い訳はどうやらみえみえだったらしく、店主は不機嫌そうに鼻を鳴らして、太宰の『走れメロス』を題材に僕ら若者世代を一まとめに批判する。  いや、別にこれは我慢強さとかそういう問題じゃないからね? それよりも、むしろ、あんたがメロス読んで自分の生き様を見直せ! 「おっと、そういやもう9月……ブドウの季節か。うっかり忘れるとこだったぜ……」  出口へ向かおうとした足を止め、唖然とそんなツッコミを心の中でする僕だったが、今の会話から店主は何かを思い出したらしく、不意にそんな独り言を呟くと再び奥へと入ってゆく。  そして、またすぐに戻って来ると、何やら手に持っていた一枚の紙を「人間失格」の〝お品書き〟のとなりに貼った。  それには、こんな文言が書かれている……。 〝『走れメロス』はじめました〟  『人間失格』一本でやってるとかなんとか言っといて、別の作品も扱ってるじゃん……。  一旦、大きく見開いた目を呆れたように細め、僕はシラケた顔でそのチラシを見つめながら、今度も心の中でツッコミを入れる。  ……てか、冷やし中華かぁっ?                               (がんこ本屋 了)
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