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「はい」
彼女が渡した本は、まあ当然だが俺の知らない本だった。
やたらと長々しいタイトルで、表紙は簡素なイラストが描かれてるだけ。芸術性があるのか、子供でも描けるようなぐちゃぐちゃした線が描かれている。えらい評論家だったら偉そうなこと言えるのかもしれないが、俺にはよく分からないと表紙だけで判断しそうな本だった。
「これ、え、これが? え、何」
「だから、きみがおもしろいと思う本」
多分、合ってると思うよ。
「あとで借りるといいよ。大丈夫、ページ数も少ないし、読むのに苦労する文体でもないから」
「でも俺――」
「きみの場合はすごい単純なことだと思うよ」
本屋は、俺の瞳を見つめて言った。
「きみは、まだ知らないだけだよ。知ることが、体感するかのような物語を読むことが、なんなのか」
にこっ、と笑う彼女。
そのあとに借りたいという生徒が来たので、俺たちは受付の仕事にもどった。
で、仕事が終わったあと、俺は試しにこの本を借りることにした。題名は『何かを知ることによって』だった。
003
家に帰宅。母が作った夕ごはんを食べて、風呂に入り、自室のベッドに寝転がると、床にほうった鞄から、図書室で借りた本を手に取る。
本屋が紹介した本だ。
「……んぅ」
大丈夫かな。
彼女、普段から本を読みまくるから、本を読まない人の気持ちが分からないんじゃないか。題名というか、表紙からして取っつきにくいイメージだし、大丈夫かな、こういうのって意外と重要なんじゃないの。
と、あーだこーだ言い訳しつつ、スマホが気になりながらも、本のページをめくってみる。少しでもつまらなかったら。スマホに意識がいって、ゲームでもやりだしただろう。だが、本は俺を離さなかった。
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