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「ジョー、すごいぜ、ベストセラー作家さんが来てるよ」
「あ、ようこそ。立ち寄っていただいて光栄です」
サインする手を止めて顔を上げれば、その人の顔には10年前の面影がまだある。
(子供だった私の事なんて覚えていないだろうなあ)
「ルナ、この人この前賞を取った人だよ」
「へえ、すごい人なんですねえ」
(あれ、このふたりの雰囲気。前の彼女さんはどうしのたかな)
それももう今は私には関係ない話だけど、とそっと薬指を撫でる。
「すみませんね、即席サイン会みたいなことになってしまって」
ジョーが申し訳なさそうに言った。
「いいえ、とんでもない」
彼とこの本屋さんにはいつか恩返しをしたいと思っていたのだ。
「ちょっと一息つかれたらどうですか」
人ごみが途切れた時、ジョーが珈琲と何枚かのクッキーをトレイに乗せて持ってきた。
クッキーの大きさまで10年前とあまり変わらない。少し種類が増えたけど。
「ありがとうございます」
齧ると、10年前と同じ暖かい甘さが口の中にゆっくりとひろがった。
「見つけられたんですね」
「はい?」
突然の問いかけにジュンが顔をあげると、ジョーがこちらを見て微笑んでいた。
「心の中の言葉を聞いてもらえる形を。それもこんな素敵な形で」
……それは10年前と変わらぬ笑顔だった。
<終>
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