走る本屋さん

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走る本屋さん

 シャッターを開ける音と共に、朝の眩しい光が足元から順に棚を染め上げていく。  陽光を浴びて、背表紙の一つ一つが我こそが主役だと言わんばかりにタイトルを主張する。  それまで、棚で眠っていた本たちが一斉に目を覚まし、今日こそ必要としてくれる誰かに手に取ってもらえる期待感に胸を躍らせているこの瞬間が、昔からとても好きだった。 店の奥から出てきた若者が真新しい雑誌の山を手に、店頭に今日入荷したばかりの雑誌を並べている白髪交じりの頭に声をかけた。 「じゃ、行ってくる」 「もう行くのか、早いな」  そう答えたのは彼の父親だった。雑誌を並べながら向けられた笑顔が、十年前に亡くなった祖父を思い起こさせた。年々歳を重ねるごとに似てくるその姿が、若者自身のまだ見ぬ未来の姿を教えてくれているようだった。 「ちょっと距離があるからね」 「おう、気を付けて行けよ」  レジの横にある鍵をひっつかんで、若者は父親の脇を通り抜けて街へと足を踏み出していった。  彼の名前は倉橋聡という。歳の頃合いは二十代後半、人懐っこい笑顔をした青年である。  見ての通り、彼は書店の息子で、この街の駅前にあるこの書店は、有名デパートや商業施設の中にある大型の書店に比べたら、見劣りはするものの、帰宅時間ともなれば多くの学生やサラリーマン、OLなどで賑わうほどの盛況ぶりであった。  そんな地元で有名な書店の息子である彼が、家業である書店の手伝いではなく、これから仕事に行くというのは、不思議に思う者もいるかもしれない。  だが、間違ってはいない。彼はれっきとした書店の店員なのだ。  聡は店の立地している区画の隅にある駐車場へ向かう途中、三軒隣のパン屋でいつも通りにメロンパンとコーヒーを買い、紙袋に入れてもらった。  駐車場に着くと、彼は中でも最も大きい、ワゴンともトラックともいえないかわいらしい中型の自動車の荷台部分に鍵を差し込んで開けた。  取っ手を持って左右に開くと、中には天井にまでつきそうなほどの細長い棚と、その半分くらいしかないカラーボックスが左右の壁に沿って並べられ、大小さまざまな本が、所狭しとばかりに詰め込まれていた。  クラッシックカーのような臙脂色のお洒落な車体の横には〝KURAHASHI CAR BOOKS”の文字。そう、これこそが彼の店舗なのだ。
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