50人が本棚に入れています
本棚に追加
二.
「お兄ちゃん、本当に行っちゃうんだね」
家を出た時に見送りをしてくれた、無理に笑う妹の姿がまだ頭に残っている。
也梛はそれを振り払うように、新しく入学する彩楸学園の寮管理室の扉をノックした。まだ世間は春休みの真只中なので、寮全体は静かだ。
対応してくれた管理人は大雑把に説明して、也梛の部屋の番号を伝えた。後は相部屋の同居人に訊け、ということらしい。
――それにしても初対面になる同居人を紹介してもくれないとは。
也梛は思わず苦笑し、教えられた部屋を目指した。
寮の玄関を真っ直ぐに突き当たりまで行き、右に曲がった一番奥がその部屋だった。一階の一番奥は、正直一番面倒臭い場所だったが、その部屋には小さな庭らしきものが付いているらしい。きっと非常口の代わりだろう。
スーツケース一つと、お気に入りの細長い長方形のケースを持って、その部屋の前に立った。
扉の横には、病室みたいに入居者のネームプレートが付いている。今日からルームメイトになる者の名字を見て、也梛はふっと頬を緩めた。
(俺は運が良いな)
その変わった名字を、也梛は知っていた。
そもそもそれこそが、この学校にわざわざ入学してきた目的だった。
(さて、あいつは驚くかな)
也梛は軽く、扉をノックした。少し間が空いて、中から「どうぞー」という声がする。
なるほど、来訪者を出迎えることはしないらしい。
也梛は一つため息を吐くと、大きく扉を開いた。
部屋の真ん中に置かれた丸テーブルの上に何か雑誌を広げて、それを見ていた一人の少年が顔を上げた。
也梛は懐かしい気持ちで、彼によっと手を上げた。
「久しぶり? 忘れたとは言わせねーぞ」
最初のコメントを投稿しよう!