昼休みの呼び出し

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四. 「お、終わった……」  息も絶え絶えに机に突っ伏した諷杝から、原稿用紙五枚分の反省文を抜き取って確認する。とりあえず、きちんと埋めてはいるようだ。――文章がおかしいところはもうツッコまない。どうせこれを処理するのは担任の並早だろう。  也梛は、お疲れさんとばかりにコンビニで購入した甘さ控えめクリームぜんざいを出した。頭を使ったからか知らないが、普段甘いものをそこまで求めない諷杝が珍しくさっとスプーンに手を伸ばした。  無言でクリームを一掬いして口に運ぶ。続いて白玉を一つパクリ。  それを見ていたら自分も甘いものを食べたくなってきて、こちらは甘さたっぷりの苺タルトを取り出して来た。 「なあ、諷杝」 「んー?」  也梛はイチゴジャムの甘さを舌の上で転がしながら、迷うように口を開いた。 「あの白い鳩って……ただの鳩だよな?」  諷杝は特に表情を変えることもなく、黙々とスプーンを口に運んでいる。 「どうしたの也梛? この前までただの普通の鳩だって連呼してたじゃない」 「それはそうだし、今でも俺はそう思ってるよ。だけど、今日……」  並早の言葉が、意外にも也梛の中に残っていた。 『僕はイツキさんがただの白い鳩だとは思わないんだ』  並早だってどこまで本気で言った言葉かは分からない。もしかしたら、彼自身も半ば冗談で言っただけなのかもしれない。  だが、諷杝が言うならともかく、並早からもあの白い鳩がどこか特別であるかのように聞いたらさすがに気になったのだ。  諷杝は黙り込んだ也梛を暫くじっと見ていたが、やがてクスリと小さく笑った。 「――イツキさんは、普通の鳩だよ」 「え?」 「生物学的には、普通の鳩だよ」  他でもない諷杝に「普通の鳩」だと繰り返されて、也梛はポカンとしてしまった。  だが少しその言い方が気になった。 「……生物学的には?」 「そう。生物学的に見て、どこからどう見ても現存する普通の鳩だ」  はっきり言いきった諷杝に也梛は眉を顰めた。その言い方はまるで、 「……それ以外に何かあるような物言いだな」  生物学的に見なかったらどのような鳩と言えるのか?  白玉を掬って、諷杝はそれをぼんやりと見つめる。 「諷杝?」  艶のある白い塊が諷杝の口の中に消えて行った。 「……僕にもよく分からないんだ。イツキさんが一体どういう鳩なのか。ただの鳩には違いないけど、それにしては色々と都合が良すぎるというか、僕たちを導くのが上手いというか……」  そこまで言って、也梛の顔を見た諷杝が小さく噴き出した。 「あはは。也梛、変な顔してるなあ。君はこんな話を信じるタイプじゃないもんね」 「……信じ難いだろ」 「そうだね。僕もまだ確信が持てないでいる。けど、イツキさんがまだ何かヒントを持って導いてくれるなら、今はそれに縋ってみようかなという思いもある」  いつの間にか、諷杝はクリームぜんざいを完食してしまっていた。いつもなら半分くらい残して也梛にパスするのに一人で食べきるとは珍しい。余程糖分を欲していたのか。 「ごちそうさまでした」  諷杝は丁寧に合掌して也梛に礼を言うと、両手を床について天井を仰いだ。 「一体どこまでが父さんの想定した『ヒント』なんだろうね」  彼の父親が残したヒントは『彩楸学園』というキーワードのみ。果たしてそこには、どれくらいの手がかりが含まれているのだろう。不思議な白い鳩もヒントの一つに数えられるのだろうか。 (だとしたら諷杝の父さんこそ何者だよ……)  そんなあやふやなものまで想定していたとしたら、彼は未来予知能力者か霊能力者の類だ。  そんな也梛の心中を読んだかのように、また諷杝が笑った。 「いやいや、うちの父さんはいたって普通のサラリーマンだったからね。特殊能力なんて持ち合わせてなかったから」 「……そうか」  だが彼の父親が何を想定して『彩楸学園』をヒントにしたのか、それを確かめる術はすでにない。それは諷杝や也梛が判断しなくてはいけないのだ。 「ひょっとしてお前にはそんな能力があったりしないよな?」 「ないよ。――と言いたいとこだけど」  諷杝が若干首を捻りながら困ったように呟いた。 「まあ、不思議なことに巻き込まれたりはしたかなあ」 「……何だそれ?」  本気か冗談か分からない諷杝の言葉に也梛の眉が寄る。  口の中に残っていた苺タルトの欠片が微かな甘みを残して喉の奥に消えて行った。  
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