第一章  花音の“アメージンググレース”

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 「師匠と、ずっと一緒に居たい」  花音が頼むから、喜んで山寺の暮らしを教えた。  オクドサンは初めての花音に、薪のくべ方から教えた。  飯の炊き方や、漬物の漬け方も教えた。  驚いたことに、花音は料理が出来るらしい。  皮肉なことに、立木信之の邸では何時も便利使いをされていた花音に、家政婦のキヨさんが遠慮なく料理を仕込んで手伝わせていたのが、とっても役に立った。  毎朝、お経をあげた後で。一汁一菜の朝餉を師匠と取り、小さな山寺を拭き清める。  藍染めの作務衣で過ごすことに、全く違和感が無いらしい二十歳の花音。  姉によく似た美しい声で、時々歌曲を歌っている。  見事な歌声に、つい聞き惚れた。  「お前は音楽の道には、進まないのか」  ある日、聞いてみた。  岩にしみ入る、と言うのがピッタリの蝉の大合唱の中。花音がはにかんで望みを口にした。  聞き違いでは、と耳を疑った娘の望みに。胸が熱くなる。  「師匠みたいに、私も絵が描きたい」  試しに水墨画を、描かせてみた。  栄達の描く後ろで、見よう見まねで覚えたらしいその絵は、稚拙で、未熟で、そして温かい心が詰まっていた。  「よく描けておる。絵を教えて貰うが良いぞ。ワシの友達が街で絵を教えておるから、頼んでやろう」  栄達は顔が広い。  美大時代の友人達の多くが、美術界で活躍している。  そして、それが藤村早穂子との出会いだった。  栄達師匠とは美大で同期だったと言うが、全然そんな齢には見えない。  小田原にある彼女のアトリエで。デッサンや油絵の知識を分け与えて貰った。  「栄ちゃんは水墨画は上手いけど、教えるのはヘタそうだものね」  銀髪をモダンなカットにした婦人は、とても素敵なレディだった。  お洒落な話題が満載の彼女は、着こなしのセンスや、上品な会話術の先生で。一緒に居ると、とっても勉強になった。
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