第六章  咲姫と “魔笛”

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 隆仁と、また愛し合った後で。  隆房氏とひさしぶりに対面した、あの時。  確かに隆仁は父親に詰め寄られて。二年前の、咲姫との情事を認めていた。私が去った後で一年くらいしてから、隆仁は咲姫を抱いたと言っていたっけ。(あの指輪はきっと、その頃のモノだ)  また咲姫が隆仁を裏切って、二人は別れたのだろうか?・・咲姫を抱く隆仁の姿が脳裏に浮かんで、三年前の初夜の後で咲姫の名前を囁いた隆仁の声がまた耳に甦った。  眩暈がした。  隆仁は。咲姫が出て来たカーテンの陰から、蒼ざめて姿を見せた花音を見付けた。  「何かされた」、と直ぐに解った。  「あの女が毒を吐いて、花音に何かしたに違いない」  咲姫が遣りそうな事を急いで考えたが、あの女が遣りそうなことは一つしか思いつかなかった。  「二年前のあの別荘での事を、持ち出したに決まっている」、捕まえて花音の身体に腕を回すと、正直な花音の身体が逃げた。  歯噛みする様な焦燥が、隆仁を捕える。  不安で胸が締め付けられるようだ。  最近の隆仁には・・・以前は見えていなかったモノが、この頃は見える。  *。。たとえば絹子。  亡くなった父の借金を未だに抱えて、懸命に生きている絹子。  父親は友人に騙されて借金の連帯保証人になったせいで、多額の負債を背負ってしまった。一ヶ月後に、妻と絹子をマチ金のキビシイ取り立てから守る為に・・ビルの屋上から飛んだ。  それが花音と結婚してから知った、絹子の境遇だった。  絹子に「その借金を肩代わりして遣る」と申し入れて、思いっ切り睨まれた。  「父さんの借金は、娘のアタシが払う。アンタに払って貰ったら、対等に口が聞けなくなるから絶対にご免ですからね」、まなじりを釣り上げて、隆仁に噛みついた絹子。  だから絹子は。今日も銀座の小さな店を守って、闘っている。。*  *。。そして父。  今でも亡くなった母を、少しも忘れていない父。  まだ男として枯れるには早かった父は、母の死後に何人かの愛人を持ちはしたが。決して結婚をしようとはしなかった。  父の妻は永遠に僕の母なのだ、と改めて思う。  (僕の妻が花音である様に)。。*  今度はそっと、花音の手を取って引き寄せた。胸に包むと、花音が苦しそうに呻いて顔をそむける。  驚いて覗き込むと、もっと顔をそむけた。  「見ないで。嫉妬でとっても醜い顔をしてるから、見られたく無いの」  今度は胸に顔を埋めて、僕の視線から隠れた。  「咲姫を如何してくれようか」と苛立っていた心が、その一言で喩え様も無い嬉しさに溢れる。  「嫉妬してるのか」  顔を上向かせて覗き込むと、赤くなった。
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