第六章  咲姫と “魔笛”

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 2・  ペントハウスに帰ってから、部屋をもう一度見渡してみた。  (妊婦が暮らすには危険の多い、最上階の部屋)  昇り降りにはエレベーターを使うしか無いが、もし故障したり、停電にあったりしたら・・・危険すぎる。  そう考えたら、居ても立っても居られない。堪らないほど心配でいっぱいになった。  父に相談して、僕は本邸に戻る事にした。  花音が僕を置いて逃げない確かな保証が、今は花音の身体に宿っているのだ。屋敷に帰ろう。  屋敷では。諸手を上げて花音を大歓迎する父と、嬉し涙を浮かべた年老いた家政婦。帰るなり、花音を僕から取り上げた。  「坊ちゃま。お手をお出しになる回数を減らして頂きます」  「安定期に入るまでは、大事を取らねばなりません」、上品に際どい事を言って、見事に僕を撃退した。  花音がお気に入りの父は、手放しで喜んでいる。  「僕ももう直ぐ、お祖父ちゃんかぁ」  友人の結婚披露パーティーでの事を、仕方なく話す僕を睨み付けた。  「終わった事とは言え、結婚式まで挙げた妻を蔑ろにして、咲姫さんなんかに手を出すからだ」  「反省しなさい」、厳しい事を言った。  「あの娘の始末は、僕がする。お前は遣り方が甘いから駄目だ」  何をする気か、不安だった。  何時もは紳士のくせに、遣ると決めたら情け容赦なく徹底的にやる男だ。  父とのキツイ遣り取りの後で、めげている僕が見付けた花音。僕の不満をよそに、年老いた家政婦と実に楽しそうにしているのが許せない。面白くないから書斎に連れて行って、僕だけの花音だと教えて遣る事にした。  書斎のドアに鍵をおろし、腕の中に閉じ込めてやった。  「妻の務めを、果たして貰おうか」  抱き上げてソファーに降ろすと、花音を抱き寄せて唇を重ねようとした僕を、花音がそっと押し退ける。壁に歩み寄ると、飾られた絵を指でなぞった。  「私の絵」、呟く花音。  忘れていた。  花音の絵が、僕達を見下ろしていたのだ。
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