第一章  花音の“アメージンググレース”

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 4・  連絡を受け取って、アタシは東京に急いで帰った。  二年振りに帰った立木信之の邸に母の姿は無く、病院だと秘書に教えられた。相変わらず欲望と虚栄心が渦巻く、息苦しくて異世界のような家だ。  政治家の家は裏側から見ると、貧しい。  見栄を張らなければ侮られるが、見栄にはお金が掛かる。  信念を持って国にその人生を捧げる政治家は、稀有な存在。心から尊敬する。だが立木信之は、そんな立派な代物じゃ無い。  賄賂に塗れ、利権に溺れながら、必死で政界を泳ぐチンケな小者だ。  そして今。その小者の目下の最大の関心事は、病に侵されている母のことでは無かった。  秘書に教えられた病室の中で、私が二年振りに再会した母は。病院の個室に押し込められ、花を飾った気配もない真っ白い部屋の中で一人寂しく、チューブに繋がれて寝ていた。  やつれた顔で、ずっと眠っている母。  代議士夫人とは名ばかりの生活が、母から笑顔を奪って久しい。  その後で。  病院のロビーで立木信之と会った。  「お前の母親だ。看病は花音がしてくれ」  それが義父の、私との再会に発した第一声だった。  「その為に呼んだ」、と言わんばかりの彼の態度に、母が可哀想で涙が滲む。  「咲姫の結婚も近いと言うのに、母子揃って役立たずな女たちだ。二年間も何をしていたのか知らないが、何て見っともない恰好なんだ」  母の実家の叔父は、私の暮らす山寺の住所と電話番号しか義父に教えなかったらしい。  二年間を過ごした奥山の山寺は、栄達師匠と二人っきりの修行の日々。新しい衣類なんか、必要では無かった。  毎日を藍染めの作務衣で過ごし、寒い冬にはその下にセーターを着込んだ。  言われてみれば、着て来たセーターは二年前のもので古ぼけた感じ。コートも都会では流行おくれで、見っともない。  藤村早穂子さんに言われた様に、確かに飾らなさ過ぎではある。  母の容態が心配で、着る物にまで気が回らなかった。  そうかと言って、栄達師匠が買い整えてくれた和服の数々は高価過ぎる。  水墨画の巨匠は、私の着物にも美意識を持ち込んで選ぶから、信じられないくらい高価な着物が、山寺の古ぼけた箪笥の中には沢山詰まっているのだ。
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