第一章  花音の“アメージンググレース”

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 「あれと付き合うなんて、咲姫さんったら如何しちゃったの。よく隆仁さんが黙っているわね」  つい昔に戻って、タメ口を聞いてしまう。  こんな調子で、台所でよく遣り合った私とキヨさんだから、彼女も昔に戻っている。  「それなんだよねぇ。隆仁様は独占欲の強いお方だからさぁ、知られちゃねぇ。大変な事になるよねぇ」  病室でする話題じゃ無いが、誰も聞いていない環境がキヨさんの舌を、至って滑らかにしている。  立木の家では滅多なことを口に出来ないストレスのなせる業。  「でも咲姫さんに、そんな旅行に行ける余裕があるなんて。隆仁さんは何を遣ってるのかなぁ」  つい疑問が正直に、口を突いて出た。  私が知っている隆仁は、社交界に返り咲いた咲姫とそういう関係に成ってからは、以前にも増して大した入れあげようだった。  パーティーの席でも、咲姫を側から離さなかった。  ずっと咲姫の腰に手を当てて、自分のモノだと誇示していた隆仁。  「それがねぇ、隆仁様のお父様が今年の初め頃にさぁ。お家の事業を引き継ぐ準備をする様にって、隆仁様に申し渡されたとかでねぇ」  「隆仁様はこの半年余り、仕事に追われていらっしゃるようですよ」  「それで咲姫さんは、自由なのね」  「そうなんだよ、全くねぇ。本当に身持ちの悪いお嬢だヨッ」  言いたい放題を言って、お茶を飲み、お菓子を食べて帰って行った。  眠っている母の顔を見て、思った。  「お母さんはずっと、咲姫がそう言う女だって知ってたのね」  「だから私を、栄達師匠に預けたのよね」  母の寝顔がそうだと言っているみたいで、嬉しいような、悲しいような、複雑な気持ちだった。  「私に類が及ばない様に、守ってくれたんだね」  「ありがとう、母さん」  眠っている母の頬にそっと手を添えて、母の温もりに泣いた。
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