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「あれと付き合うなんて、咲姫さんったら如何しちゃったの。よく隆仁さんが黙っているわね」
つい昔に戻って、タメ口を聞いてしまう。
こんな調子で、台所でよく遣り合った私とキヨさんだから、彼女も昔に戻っている。
「それなんだよねぇ。隆仁様は独占欲の強いお方だからさぁ、知られちゃねぇ。大変な事になるよねぇ」
病室でする話題じゃ無いが、誰も聞いていない環境がキヨさんの舌を、至って滑らかにしている。
立木の家では滅多なことを口に出来ないストレスのなせる業。
「でも咲姫さんに、そんな旅行に行ける余裕があるなんて。隆仁さんは何を遣ってるのかなぁ」
つい疑問が正直に、口を突いて出た。
私が知っている隆仁は、社交界に返り咲いた咲姫とそういう関係に成ってからは、以前にも増して大した入れあげようだった。
パーティーの席でも、咲姫を側から離さなかった。
ずっと咲姫の腰に手を当てて、自分のモノだと誇示していた隆仁。
「それがねぇ、隆仁様のお父様が今年の初め頃にさぁ。お家の事業を引き継ぐ準備をする様にって、隆仁様に申し渡されたとかでねぇ」
「隆仁様はこの半年余り、仕事に追われていらっしゃるようですよ」
「それで咲姫さんは、自由なのね」
「そうなんだよ、全くねぇ。本当に身持ちの悪いお嬢だヨッ」
言いたい放題を言って、お茶を飲み、お菓子を食べて帰って行った。
眠っている母の顔を見て、思った。
「お母さんはずっと、咲姫がそう言う女だって知ってたのね」
「だから私を、栄達師匠に預けたのよね」
母の寝顔がそうだと言っているみたいで、嬉しいような、悲しいような、複雑な気持ちだった。
「私に類が及ばない様に、守ってくれたんだね」
「ありがとう、母さん」
眠っている母の頬にそっと手を添えて、母の温もりに泣いた。
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