第一章  花音の“アメージンググレース”

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 初めて咲姫に会った日の事は、今でも脳裏に鮮明に焼き付いている。  「美しい少女だな」、幼いながらもそう思った。  ドレスデンの陶器人形を思わせるキメの細かい白い肌は、頬の辺りがほんのりと薄いピンクの薔薇のように染まって、高貴な雰囲気を漂わせている。  英国貴族のお姫様を思わせる白いレースのドレスに身を包み、青いサテンのサッシュを細い腰に締めて、絵本から抜け出て来た小公女のような咲姫にポ~ッと見惚れた。  瞳の色もトビ色で。カールした明るい色の茶色の髪が、日本人離れした美しさを醸し出している。ずっと後で知った事だが、咲姫はフランス人の祖父を持つクウォーターだった。  その小公女様は。美しくも可愛くもない、精々十人並みの冴えない私を見て、憐みの微笑みを浮かべた。  「お父様。この子が妹だなんて、恥ずかしいわ」  高慢な言葉が、愛らしいバラ色の唇から洩れる。  母は、“私が美しくない”と少女から意地悪を言われて、オロオロと横に立っている私を見た。  「良いんだよ、咲姫。立木家の娘はお前だけなんだから」  「この子は新しいお母さんの、ただの付属品だ」  傲慢そうな細面の男は少女の髪を撫でながら、私を憐れなモノを見るようにに眺めて顔をしかめた。  それが立木信之と咲姫の親子に、ワタシが初めて対面した日の思い出だ。  義父は咲姫の美しさが、何よりも自慢だった。  咲姫の亡くなったお母さんは、結婚前にはミス東京に選ばれた事もあるとても美しい女性だったと、ずっと後から立木家に昔から仕えている家政婦が教えてくれた。  そんな美しい咲姫だったからこそ、十文字家は跡取り息子の許婚として受け入れたのだろう。やがて親戚に為る立木信之氏のバックアップを惜しまなかったのも、その縁があっての事だった。  咲姫の価値をさらに高めるために。幼稚舎から大学までの一貫教育で知られている都内でも指折りの有名なお嬢様学校に、彼女は通っていた。  そんな聖エリス女学園は、私には全く不似合いな場所だったが。母の付属品も世間への体裁を保つために、この名門女学園に放り込まれたのである。
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