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高等部の一年生。十六歳に為った頃の咲姫は、初々しい朝咲きの薔薇の花のようだった。やがて匂やかで芳醇な香りに包まれて、美しさを増して行った頃だ。
その頃には、大学生になっていた隆仁の心をしっかりと掴んで、揺るぎない立場を確立した許婚の咲姫。
頻繁に立木家に遊びに来ては、咲姫を愛おしそうに見詰め、自分のモノだと言わんばかりの態度を取る十文字家の御曹司。
隆仁は、咲姫に夢中だった。
だが。十文字家のバックアップの甲斐あって、<遂に立木信之の念願が叶い、大臣の椅子に座れたか?>と言うと、そうはならなかった。
馬鹿馬鹿しい事に、二十歳に為った咲姫が青年実業家として前途有望な隆仁を捨てて、二十歳も年の離れた高名な小説家と駆け落ちしたのだ。
まさに、青天の霹靂。
信之氏が大臣の椅子までほんの数歩の所まで詰めていた、その矢先の出来事で。
大スキャンダルだった。
「お前は何をしていたんだ。母親のお前がチャンと面倒を見て遣らないから、咲姫がこんな事を仕出かしたんだぞ」
母を詰る立木信之の罵声が、邸に轟渡る。
秘書達が身を竦めるなか。当然の経緯として、十文字家からのバックアップは消えはてた。
「お前は目障りだ。眼に付くところにいるな」、そう言い渡されて。母の付属品の私は台所で食事をし、高校に通うにも裏口から出入りした。
言い遅れたが、当時の私は十七歳。進学校として知られた都立高校の二年生だった。
将来を決める、大事な時期だ。
咲姫が出て行って暫くしたある日のこと、珍しく私を書斎に呼んだ義父が進むべき道を言い渡した。
「大学だけは行かせてやる。その恩に報いるために、お前は警察官を目指せ」、訳が解らなかった。(如何してそれが、恩に報いる事になるんだろう)
二日間程して。秘書達の立ち話を盗み聞いて、理由が解った。
義父は隆仁の父・十文字隆房氏の友人の一人、警察官僚出身の代議士先生に擦り寄る計画らしい。
そのための話題作りが、私の進路指導だったとは。呆れてモノが言えない。
政治家として、十文字家のバックアップを失った痛手は、それ程までに大きかったのだろう。何とか十文字家と寄りを戻したい、義父・信之の悪足掻きだった。
だがそこが、養って貰って居る身の辛い処だ。
ついに十九歳になった私は、金の掛からない大学に行けと言われて、国立大学の文学部に進学した。
「法学部では、魂胆が透けて見えるからな。人間に興味がある事にして置け」、冷たく言い渡された結果の進学だった。
母が居なければ、とっくに邸から出奔していた事だろう。
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