第一章  花音の“アメージンググレース”

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 2・  然し、それは不必要な悪足掻(わるあが)きだった。  その年の初秋、突然に咲姫が未亡人になって帰って来たのだ。  ずっとフランスのニースで暮らしていた咲姫は、まるで女優のような華やかな美しさ、そして上流階級の匂いを身にまとい。見惚れるような艶やかな女に育って帰ってきた。  然も多額の遺産が、夫の突然の死で咲姫の懐に。高名な作家先生の本の売れ行きは、その死後も咲姫を裕福にしていたのである。  立木信之にまた、春風が吹き始めた。  「親不孝の罪を許してね。お父様の立場はきっと私が、挽回して見せますから」、優し気な微笑と耳に心地よい音楽的な声が、美しい容姿に加わって、鬼に金棒。  あっと言う間に、咲姫はまた社交界の華に返り咲いた。  十文字隆仁との仲も、アッサリと復活。  それに今回は、「一線を超えた・・お付き合い」をして居るらしい。隆仁と一緒に十文字家の別荘に泊りがけでお出かけ。帰って来た翌日には、とても高価なプレゼントが届く。(しかもメッセージ付きで)  立木邸のパーティーには必ず出席し、咲姫の細い腰に腕を廻して自分のモノだと誇示する隆仁。  もっともそんなパーティーに私の居場所は無く、相変わらずあくせくと裏で走り回っては、秘書たちの手助けをするのが私の役目だったのだが。  メイド服でドリンクを配ったり、受付に立ったりで、大忙しのてんてこ舞い。だから隆仁を正面から見た事もなく、妹として紹介される事もないまま、私は二十歳を迎えていた。  「花音は、名前負けしたな。少しも華がないつまらない娘に育った」  義父は事あるごとに、私と咲姫を比べては母を苛めた。  二十歳を迎えても、別にこれと言ったお祝いをして貰うこともなく。ただ日々が過ぎていったある日、珍しく屋敷の隅に与えられた私の部屋に母が来た。  二人っきりで話すのは、ほとんど一年ぶりだった。  「何か用なの」、何となく突っかかってしまった。  寂しそうに微笑んで、一冊の通帳を差し出した後で・・・母が泣いた。
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