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「お祖父さんの事故の時の賠償金よ。花音の将来のために取っておいたお金だから。自由に使いなさい」
通帳の中には、三千万円が入っていた。
「こんなお金が有るのなら、如何して再婚なんかしたのよ」
思わず母を責めた。
「色々と在ったのよ。実家がね、地元の名士の立木信之さんの援助を如何しても必要としていたりしてね」
「だから、断れなかったわ」
<あの時の叔父の親切は、そう言う事だったのか>、と歯噛みする思いだった。
「花音にはとっても辛い想いを沢山させてしまって、本当にご免なさいね」
母だってこの結婚は辛い事ばかりだったのに、涙を流して詫びる母に、何も言えなくなった。
「箱根よりもっと山奥にあるお寺でね。、お祖母さんの年の離れた弟さんが、住職をしているのよ。立木信之さんと結婚してからは、疎遠になってしまったけど。昔はよく私達の家にも、遊びに来て下さったのよ」
<まるで覚えてないけど、そうなのか>、と思った。
「貴女の事を頼んだらね。一度訪ねて来るようにって、言っ下さったわ」
「この家を出なさい。立木信之さんに都合の良いように使われるのは、もう終わりにしましょうね」
「でも・・・私がいなくなったら、お母さんを誰が守るのよ」
母が、また泣いた。
「花音のお父さんは、優しくて心の強い人だったけど、貴女はそっくりね。私達の大切な娘を、立木家の犠牲になんかさせないッ」
「自分の将来を生きて欲しいのよ」
私の頬を優しく撫でて、泣いた母。まさか重い病に罹っているなんて、二十歳の私には知る由も無かった。
次の日。母に背中を押されて、十一年間暮らした立木の邸を出た。
二度と戻らない覚悟だった。
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