第四章  絹子の* “レ・シルフィード” *

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 2・  帰国した花音が久しぶりに再会した絹子は。銀座にある高級サロンの小ママになっていた。一歩、目標に近づいたのだ。  「必ず銀座で、小さな店でいいからママになる」、絹子の夢だ。  そんな絹子の大事な相談相手が、花音だった。  花音と同じく親のいない寂しい身の上の絹子は、栄達師匠を慕って時々、山寺にも泊まりに来る。そして腹の底に溜まった、誰にも話せないでいる色々なもやもやを、一気に吐き出していくのだ。  山寺は基本的に、自給自足だから。寺の裏に広がる小さな畑で、寺で食べる野菜を収穫するのだが。時々は絹子も手伝う。  「お寺さんによぉ、いかにも垢抜けた水商売の女が畑仕事をしとるだら」、村の噂になるのに時間は掛からなかった。  「あの娘はよ、アンタと如何いう関係ずら」  唐突に聞いてくる村人や、陰から様子をうかがう村人まで。反応は様々だがみんな興味津々だった。  栄達師匠は仕方なく、花音にピザを焼かせて村人たちを招待した。  おもだった爺ちゃんと祖母ちゃんにチャンと紹介すれば、村中に広まる。そんな小さな村だ。やがて村人は絹子に馴染んだ。  暖かく受け入れてくれる村人に、絹子は感激した。  「なんだぁ。お師匠さまの育てている花音ちゃんのよ、大事なお友達だらぁ」、そんな具合である。  身体に染みついた水商売の垢を落としに、今日も絹子は遣って来る。  六月を迎えて。寺の参道は初夏の日差しにみちる。栄達師匠と花音が植えた紫陽花が今を盛りと咲き誇る道を、絹子は息を切らせて上ってきた。  この日は特別な話があって訪ねて来た絹子だ。  今の店で、小ママになって一年以上が過ぎた。そろそろ独立の話が出ている。自分でも多少の資金は準備したが、そんな小金で如何にかなる世界じゃない。当然、パトロンの何人かを持っている絹子だが。それには、それなりの男女の関係が付きまとう。その覚悟がいる。  水商売の泥に沈まぬように、花音の支えが欲しかった。  「絹ちゃんは、それでいいの?」  花音は静かに、絹子に聞いた。  頷く絹子。  まだ絹子が、亡くなった父親の残した多額の借金を背負っている事を、花音は知っている。それでも前を向いて、懸命に笑って生きる絹子。  サバサバと割り切っている風に見える絹子だが。それでも心の中にはまだ、下町で育ったおきゃんな心を抱えている年若い娘でもある。  「解った。私で手伝える事は、何でも遣ってあげるからね」  「ありがとう・・」、絹子が涙をポロポロ零した。
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