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もっと若かった頃。立木信之の邸を訪ねる度に、穏やかな優しい笑顔で迎えてくれた夫人を思い出して、今の姿に哀れを覚えた。
<夫からも咲姫からも、今から思えば良いように使われていた人だった>、ふとそう思った。
「君は僕を知っているらしいが、よく考えれば立木の家で君を見かけた覚えが無い。昨日、君のお義父さんから写真を貰っていなければ、君だと解らなかった」
「改めて確認するよ。君が立木花音さんだね」
僕は真摯に聞いた積もりだった。
だが目の前の娘が一笑に付した後で、僕の神経を逆なでした。
「確かに花音は私です。でも立木じゃありません」
「あの嘘つきな政治家先生は、そんな事もお話ししなかったのですか」
「私の名前は、葉山花音です。立木の家とは、養子縁組をしていません」
僕に不敵な笑みを投げて寄越す。不快な娘だ。
「ですから私を咲姫の身代わりにしても、大して役には立ちませんよ」
「残念でしたね」
おまけに、ハッキリと僕を嘲笑った。
然もその挙句に、言ってのけたのだ。
「咲姫を取り逃がしたのは、貴方が間抜けだからじゃない。私を使って復讐しようだなんて、アンタ馬鹿じゃないの」
僕は本当に頭に来た。
これでも紳士の積もりで、親切にプロポーズに来て遣ったのに。
「解った。君がその気なら実力行使あるのみだな」
「病室の外に出たまえ。廊下で決着を付けてやる」
娘の腕を掴むと強引に病室の外へ引っ張り出して、廊下の端まで連れて行った。
廊下の端にある自販機コーナーは、大きな窓が切られて明るい空間が広がっている。
明るい光の下で改めて見た娘は、やっぱり十人並みだった。
咲姫は、白い陶磁器を思わせるような透明感のある美しい肌だったが、この娘の肌は・・色は白いが、それは白椿の花弁に似た白さ。確かに健康的ではあるが、それだけだ。
長いまつ毛に縁どられた黒目がちの大きな目以外は、取り立てて飾るものも無い平凡な顔。
しかも、リップさえ塗っていない。色気のない娘だ。
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