第五章  “エチュード第3番・ホ長調” を、ぶっ飛ばせ

5/21
471人が本棚に入れています
本棚に追加
/123ページ
 隆仁は面白いものを見付けて、気分が少し持ち直した。  昨夜のパーティーで、また咲姫に出逢った隆仁だったが。彼と咲姫の因縁をよく知っている友人の一人が、企んで二人を引き合わせたのだ。  それは、友人の婚約披露パーティーの席だった。  途中では抜けられない、ひどい罠に陥った。  「幸せのお裾分けだ」、友人が耳元で囁く。(余計なお世話だ。止めてくれ)  だが友人は、咲姫と言う女を良く理解していなかったようだ。  何処に居ても、何時でも。パーティーの主役だった咲姫は、昨夜も男達の視線を一身に集めて、あっけなくパーティーの主役の座を奪った。  「咲姫さんをここから、早く連れ出してくれよ。これじゃあ、婚約披露パーティーが台無しだ」、婚約者の女性の存在感が薄くなっている。愛しい人が哀しそうにしている姿を見た友人が、多いに困惑していた。  親友の頼みだ。(仕方が無い)  「咲姫。何処かで飲み直そう」  肘を掴んで、パーティーから連れ出した。  それが間違いの元だった。咲姫は、隆仁が誘惑していると勘違いしたらしい。  「もう隆仁さんたら、強引なんだから」、嬉しそうに微笑むと、腕に絡みついた。それから咲姫のお誘いを退けるのに梃子摺って、疲れ果てた隆仁だったのだ。  「私の会社を助けて。隆仁さんの援助が必要なの」、咲姫が囁く。  如何やら咲姫の男は。咲姫が社長を務める宝石店を、真剣に売却する気でいるらしい。  「まあ、妥当な提案だな。君もそろそろ限界じゃないのか?」  「手を引いた方が良い」  余計な一言だった。  涙をポロポロと、切なさそうに零し始めた咲姫。だが大したモノだと感心した。(化粧を少しも崩さずに、器用に泣いている)  女の芝居に付き合うのも、もう限界だった。  「私の事を、恨んでいるのね」  「ねぇ~、隆仁さん・・・どうか許して」  「どんな償いでもするから」  隆仁の手に指を搦めて、囁いた咲姫。(僕を捨てて他の男に走ったと、今でも信じ込んでいるらしいけど)そんな彼女の誘惑に・・心底、ウンザリした。  「咲姫を、もう愛していない」、二年前のあの時、もっとハッキリそう言ってやれば良かったと、後悔した。  手を焼きながら、なんとか咲姫を撃退するのに成功。  「君と親密な関係を持つ気は無い」と、キッチリと言い渡して。タクシーを呼んでサッサと帰したのだ。
/123ページ

最初のコメントを投稿しよう!