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もう、私の気持ちなど、このピアノに、この曲に込めてしまおう。
そう思った。
(届け、届け……)
ミスしててもいい。
楽譜の指示と違ってもいい。
この『英雄ポロネーズ』は、最前列で聴く彼女のための、彼女にだけ聴かせたい曲。
英雄じゃなくていい。
この曲は、『貴女のためのポロネーズ』なのだから。
途中で、小指が鍵盤に引っ掛かった。
鳴るはずのない音が鳴る。
それでもいい。
弾いているのはショパンじゃない。
不器用な、私なのだから。
(響け……響け!!)
もうすぐ、曲が終わる。
また、ミスをした。
それもいい。
私は、ピアノは弾けるけれど……
本当は、どうしようもなく不器用で、自分の気持ちを伝えるのが下手くそなのだから。
このくらいが、ちょうどいい……。
曲が、終わる。
小さな、小さな拍手。
立ち上がった彼女は、泣いていた。
白く、細い身体。
黒く、長い髪。
(あぁ……想像していた通りの人だ)
優しそうな表情。
でも、少し気が弱くて、いろいろ諦めてしまいそうで。
だから、いっそ諦めてしまおうと、ラベルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』を聴いて覚悟しようとしたのだろう。
「どうして……ですか?」
涙も拭かず、彼女は私に問う。
不思議と、緊張はしなかった。
こんなにも不器用で、頼りないはずの私なのに。
「私は……ラヴェルにはなれない。貴女が死ぬことなど、受け入れる事なんて出来ない。私は貴女のピアノに……たった1曲の演奏に、心底惚れてしまったのだから。もう1曲……、いや、もっと貴女のピアノを、聴きたい。」
それは、私の人生で初めての、そして最大の告白だった。
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