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そして、日曜日。
市民会館の一番大きいホール。
少し高かったが、一番大きい場所を借りた。
午後1時から2時までの、1時間。
グランドピアノを中央に置いてもらった。
「マイクは必要ですか?」
係員の方が親切に聞いてくださったが、
「ピアノだけ置いていただければ充分です。ありがとうございます。」
丁重に断り。
市民会館に来てからは、楽譜も見ていないし練習もしない。
何度も何度も楽譜をさらった。
情感の変遷も。
強弱の切り替えも。
何度も何度も確認した。
あとは、聴かせるだけ。
12:55
5分前。
携帯をピアノの上に置き、動画の画面を開く。
12:59
1分前。
録画ボタンをタップして、深呼吸。
13:00
『曲』を弾きはじめると同時に、がちゃり……と重い扉の音が鳴った。
その姿を視線の端に留めたまま……
軽快に、激しく弾く鍵盤。
こちらに向かっていた『彼女』の足音が、一度止まる。
ショパン『英雄ポロネーズ』。
フランス革命時、この曲を聴いたショパンの知人。
次々と銃弾に倒れる革命の労働者たち。知人はショパンのこの曲を聴きながら、こう言ったという。
「霊感、武力、活力!疑いなくこれらの精神はフランス革命に宿る!これよりこのポロネーズは英雄たちの象徴となるのだ!」
何度倒れても、精神は消えない。先人たちの精神を無駄にするな!足掻け!進め!
……と。
今の日本は革命の時代ではないが。
私は伝えたかった。
もっと足掻けよ、もっと前へ進めよ……と。
視線の端、『彼女』は再び歩を進め、ステージにいちばん近い、最前列の席にひとり、座った。
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