26人が本棚に入れています
本棚に追加
ショパンの『別れの曲』を弾いた。
いつも通り、アップした。
コメントがどんどんついていく。
ーこの曲知ってる!良い曲だよね!!-
ーラベル?この曲すき!-
ーブラームスじゃなかったっけ?-
「……ショパンだよ」
溜息を吐きながら、コメントを流し読んでいく。
結局、ピアノの曲が『なんとなくいいから』、動画を見ていたのか。曲を聴いていたのか……
そう思うと、なんとなく気怠くなった。
『新着メッセージ1件』
うんざりしたタイミングで、『sara』からのメッセージ。
ー弾いてくれてありがとう。おかげで、安らかな気持ちで手術に臨めそうですー
どうして、『別れの曲』で安らかな気持ちになれるのか……
(それって、手術の前から諦めちゃってるって事じゃないか)
そんな『sara』の返信に、私は苛立ちを隠せなかった。
荒々しくキーボードを叩く。
ー私も、リクエスト。ガーシュウィンの『ラプソディ・イン・ブルー』を。
明るく陽気な曲。
『sara』にはこの曲を是非とも弾いて欲しかった。
この曲は青い。
直訳、解釈はシンプル。
青いとは、色でもあり、『若い』という意味でもある。
若い、つまり、まだまだこれから。
先はあるんだ。まだまだなんだ。
私は、それを言いたかった。
しかし。
ーもう、ピアノは弾けないんです。それに……-
ここで、一度メッセージが途切れた。
私はメッセージの確認画面のまま、『sara』のもう一通の答えを待った。
(言うな、言うな、言うな……)
絶対に答えて欲しくない言葉。祈るように何度も脳内で繰り返す。
『新着メッセージ1件』
通知が来る。
大きく深呼吸してから、私はメッセージを開く。
(言うな、言うな……!)
しかし。
ーもし、弾けたとしても、その曲だけは絶対に、弾きませんー
非常な一文。
私が一番見たくない文字の羅列が、私の目に飛び込んで来たのであった……。
最初のコメントを投稿しよう!