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それから数日後……。
『新着メッセージ1件』
通知。
私はもう、『sara』からのメッセージなど期待していなかった。
もう、連絡は完全に途絶えた。
もう、この掲示板に来ることは無いだろう。
そう、思っていたから。
どうせまた、懲りないユーザーのリクエストのお願いだろう。
そう思い、メッセージを開いてみると……。
『sara』
私は、飛びつくようにパソコンに食いついた。
何か月ぶりだろう。
いま、どうしているのだろう。
元気だろうか?
手術は、これからだろうか?それとも、もう……?
いろいろ訊きたい事があった。
本文をロードするわずかな時間が、長く感じる。
ーラヴェル『亡き王女のためのパヴァーヌ』が聴きたいですー
この一文で。
『sara』はまだ、手術をしていない。
そして、可能性は無いと、諦めている。
何故なら、この曲『亡き王女のためのパヴァーヌ』は……
既に死を迎えた王女のために、作者が別れの覚悟を決めた曲なのだから。
もう会えない王女が躍る姿を想像し、その愛情を空に捧げた、そんな曲。
「……私に、ラヴェルにでもなれと言うのか……」
怒りよりも、苛立ちよりも……
私はただ、悲しかった。
悲しかったけれど、返信をした。
ーわかりました。ただ、せっかく聴かせるならば、直接聞いて欲しい。日曜日、市民会館のホールを借ります。そこで弾きます。あなたが来ても来なくても、私は午後1時、あなたのために曲を弾きますー
私の唯一の、そして最大のわがまま。
ほどなくして、
『新着メッセージ1件』
ー必ず、聴きに行きます。私に覚悟を、決めさせてくださいー
今回は、望んでいた返信が来た。
私は、本棚から『楽譜』を引き抜くと、ピアノに向かい、一心に弾いた。
何度も楽譜をさらい、ミスがないように、感情をより込められるように……
「日曜日……私も、君も……進むんだ。」
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