プロローグ

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不規則に揺れ続ける馬車の中、ぼくはもう限界を迎えようとしていた。 揺れの酷い馬車に乗車した経験がないぼくにとって、それは拷問に等しかった。 【両手足の爪を剥がされても顔色一つ変えなかった癖に、まったく……。だから他の拷問も試せばよかったんだよ。お前、吐いたら殺すぞ】 目隠しと耳栓を施されたぼくの姿に油断したのか。飴の役割をしていた尋問官が悪態をついていた。彼は耳栓をしたことがないのだろう。彼は耳栓さえしていれば外の喧騒から隔離できるものだと思い込んでいるようだった。貴族にありがちな思い込みだ。 【もう処分が決まっちまった後だ。それにしても俺はやっぱり鞭の役は向いてないな。今度役割交代しようぜ】 鞭の役割をしていた尋問官の声は少々湿っていて、疲れが出ていた。 ぼくの爪を剥がそうと手足に触れる彼の手は、いつだって震えていた。ぼくは知っている。彼はまっとうな人間なのだ。 飴の役割をしていた尋問官はそれとは逆で、爪を剥がされるたびに蜜のような言葉を投げかけてくるが、残忍な声色までは隠せていなかった。 二人の尋問官に囲まれたぼくは、どちらにゲロをぶちまけようか悩んでいた。 爪を剥いだほうにするべきか、それとも偽りの蜜を与え続けた嘘吐きにするべきか。 少なくとも5時間以上も貯め続けた特製のゲロだ。慎重に相手を選びたい。 【おい。吐くなら馬車を止めてやるぞ。聞こえているんだろ?この馬車はな、元々貴族御用達のやつなんだから汚すなよ。……ったく。なんでお前みたいな貧民のためにこんな馬車を手配されるのかわからんな。まあ、如何に良い馬車でも乗り手がこれじゃあ全てが台無しだがな。こんな酷い揺れの馬車は滅多に体験できないぜ】 それを聞いたぼくは、どちらにもゲロをぶちまけずに、真正面に吐いた。
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