《弍》蠢く

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夜刀神の本家が滅んだ。 その通達はいち早く男の耳に届いた。 孤島の堤防に停泊する船は潮風に帆を揺らして波打つ。 「僕の言ってたこと、理解できなかったのかな?」 男の一言に周囲の者達はたちまち震え上がった。 ある者は恐怖し、ある者はその威厳に歓喜した。そして男の次の言葉をそこにいる誰もが期待に打ち震えながら待った。 「僕は本家より先に彼女を連れてくるように、と言ったよね?」 孤島より遥か西に位置する険しい断崖絶壁の島。 その島の頂上にある龍の巣に、龍の番となり″唯一逃げおおせた″夜刀神の女が住んでいるという情報を掴んでいた男は、各地に散在する部下に呼びかけてその女を連れてくるよう命を出した。 一部の部下が龍の巣まで辿り着き、龍の不在を狙って女を追い詰めたものの、女の夜刀神の力に思わぬ苦戦を強いられ、混血の娘を取り逃がした上に女を″傷もの″にして殺してしまったと、報告した男の首が飛んだのは先刻の出来事だ。 取り逃がした女児は龍の巣を降りて行ってしまったが為に夜刀神の本家に捕まり、女不足の本家の儀式の餌食となった。 「僕の断りもなく、見苦しく種族繁栄を目論むからそうなるんだよ。可笑しいよな。笑えるよ。これで本当に夜刀の純血は僕だけだ。」 心底可笑しそうに笑う男の姿に首を跳ねられたまま忠誠を示し続ける死体の隣の男は肝が縮むのを感じた。 龍の巣の夜刀神の女の強奪を失敗したその数日後、本家は一人の混血の少年によって全壊したことを報告した部下の首がまた転がった。 「みすみす逃がしてくれるなよ。目の前の餌を」 少年と少女は梵天に保護され、倭国に連れられた後だった。 梵天の結界の中へ連れて行かれた二人を外へ誘い出すことは難しい。ましてや梵天は自分の血を分けた更に優秀な遺伝子を持つ息子を二人残している。そこへ夜刀神の異分子が取り込まれてしまうなど戦況を不利にする。 「もういい。僕が欲しいのはあの女だ」
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