電信柱にくちづけを

11/23
前へ
/23ページ
次へ
「泊めてくれたんだ」 「起きる前に、化粧だけしておこうと思ったのに失敗失敗」  ナヲコは浅く笑う。連られてナヲコの子供と思わしき少女も笑う。恐らく多く見積もっても十歳にも満たないと思われる少女。 「ココちゃんはお皿並べてきて。キミはシャワーでも浴びてきなよ。まだ仕事まで時間あるでしょ?」  確かにこのままじゃ仕事に行けやしない。お言葉に甘えシャワーを借りることにする。生活感溢れるバスルーム。ナヲコの娘のココちゃんの物であろうアヒルやら、アニメのキャラやらの玩具が散乱している。 「バスタオル置いておくからね」  バスルームを出てバスタオルを使えば凄く良い匂いがした。ナヲコの部屋は居心地が良かった。着替えて新品の歯ブラシを貰い、歯を磨きナヲコに礼を言う。そして玄関で革靴を履く。 「また来てね」  出て行こうとする僕の背中に、ナヲコのカラスみたいな切ない声が後ろ髪を引く。寂しそうな声が出て行こうとする足を止めさすのだ。  部屋に置いてきぼりになるのは案外寂しいものだと、僕はよく知っている。 「いつでも来ていいよ。わたしとキミはもうお友達。来る前は電話頂戴ね」  そう言ってメモに電話番号とラインのIDを書いて僕に手渡す。簡単な女だ。僕はそれを受け取り鞄に丸めて部屋を出る。きっとナヲコとはこれっきりだ。この時僕はそう思った。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加