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「なるほどね、サラリーマンってのは大変だよなぁほんと」
優しい声音で、男は呟くようにそう言った。
「なんか悪いな、愚痴ばっかりで」
「気にするなよ。なんならこっちで仕事探すかい? こう見えて当てはあるんだ」
奴は今日も僕を誑かす為に、思ってもいないことを口走る。
それを僕が解っていては、意味がないというのに。
「いや、今はいいかな。本格的に迷ったら相談させてもらうかも」
そして僕は軽々とした口調でそう答えた。奴は、どこまでを理解しているのだろうか。
友人の悩みを聞く、親友。
悩みを打ち明ける僕。
助言する親友。
心救われる僕。
この構図に慣れてしまったのはいつからなのだろう。
水が上から下へ落ちるかのように、この行為は僕と奴のアイデンティティーと成り果ててしまっている。
グラスに入った透明な液体を一息に煽る。
アルコールが喉を通ったその瞬間、カッと強烈なキックバックの後、それは僕の胸を焼き脳を溶かし、身体を溶かしていく。
究極のところ、きっと僕と奴はお酒が呑めればなんでもいいのだ。
ただ、僕が愚痴吐き家で、奴が饒舌家なだけなのだ。
薄暗い店内を艶やかに照らすブルーライトが透明な液体に碧い色素を与えているようだ。
カランっと時折溶けた氷の音が涼やかに耳を撫でる。
ふむ、今日は中々によい雰囲気のお店ではないか。
ただ、欲を言うならば、喫煙席と禁煙席を分けてほしいのと、出来れば男二人ではなく、見目麗しい美女との二人きりの密会がよかった。
というのは冗談だ。
女性と話すのはあまり得意ではない。
女性の、男性と違う部分につい目をやってしまうし、時折薫る柑橘系の芳しい香水の匂いに頭がおかしくなりそうになるから。
こういうときは、男同士の方が気が楽でいいと思っている。
こんなことを言うと、奴はお前はいつまで初心なんだと笑われるから黙っているが。
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