4人が本棚に入れています
本棚に追加
薄暗い店内に優雅なBGMが流れている。
ピアノ独奏のようだ。
クラシックだろうか。
疎い僕にはそれがどういったものかまではわからないが、少なくともこのお店の雰囲気にはあっているように思う。
そういった雰囲気が相乗効果をもたらし、僕ら、果ては酒を飲む人間を開放的にするのではないだろうか。
もっと、潜在的なところから。細い琴線の音が伸びやかに心地よい旋律を奏でているのが聞こえる。
心地よい筈なのに、何処か寂しげに聞こえるのは、単に僕が泣き上戸なだけなのかも知れなかった。
一つ、とても愉快そうな声をあげてから、奴は言葉を吐き出す。
「その酒は、一見すると普通の酒なんだがな、男曰く「生きている酒」なんだそうだ。あぁ、これだめだ。ドラッグでも決めているんだろうな。とそいつは思ったわけだ。向こうじゃあ決して珍しい話ではないが、そういった人間と関わることは、好ましいものじゃあない。当然だけれど。だから、そいつはそれから、苦笑を浮かべることしか出来なかった。けれど男は、そいつのその反応を見て一層愉快そうに笑ったんだそうだ。「まぁ見ていなさい。おい。明かりを消してくれ。」そして、大きな声を張り上げて、そう店員に声をかける。ただでさえ薄暗かった店内が、暗闇に染まった。暗黒のなかで、そいつは思った。なぜ、差し込む日差しがないのか。は、と気付いた。この建物には窓がなかったんだよ。そんなどうでもいいことが頭を過り、そしてそんなものは暗黒の中に埋もれていく。突然奪われた視界が、焦燥と、不安と、恐怖とをかき混ぜた。そしてそれが後悔に変わる頃、「それ」は起こった」
その語り口調が、僕を支配していく。
まるで現実のことのように、それを体験した人間であるかのように。
そんな感情から、自身を解放するために、酒に口をつけた。
味はよくわからなかった。
最初のコメントを投稿しよう!