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「――やがて、暗がりに目が慣れてきた頃、どれ程時間が経ったのかは定かではないが、そいつにはまるで悠久の、無限の中に身を置いたかのような時間に感じられた。すると、その輝きの中で、周囲の人間が酔いしれていることに気が付いたわけだ。目を閉じ、何処か顔を蕩けさせ、大きく胸で呼吸を繰り返しながら。異様な光景だった。しかしもっと驚いたのは」
最早聞きたくはなかった。
視線を動かすことさえ僕は出来なくなっていた。
唯酒を、見つめる。
「碧い酒の中で、「何かが、蠢いていた」んだ。姿があるわけでなく形があるわけでなく、意思があるようにも見えはしなかったが、海を泳ぐ深海魚の様な、水槽を漂う金魚の様な、そんな緩慢な動きではあるが、確実に「生きて」いたんだよ。そいつは目が離せなかった。その生物から。そして生き物が上昇していく。グラスを持ち上げられたからだ。窒息してしまいそうだった。溺れていく。溺れてしまう。酸素が足りない。海の中にいるわけでもないのに、肺が、水で満たされていく。胸を抑え、酸素を欲しがる。震えが止まらない。けれど、そのグラスからは目が離せなかったんだ。……丁度、今の君のようにね」
何か、手品、はたまた催眠術であろうか。
奴の一言一言が、僕から酸素を奪っていく。
とにかく、このままでは溺れてしまう。
溺れてしまう!!
そう思って、両手に力を込める。
気が付くと、僕は、酒を飲んでいた。
碧く、碧く、輝いている。
美しく、妖しく。
「どうだい、生きているだろう? この酒は」
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