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関係
『ななし書堂』の店主ーー名梨歩は、このご時世にスマホどころかガラケーすら持っていない。
連絡を取るには、黒電話にかけるか、直接お店に出向くしかなかった。
「パソコンは?」
そう尋ねれば、歩は首を横に振る。
「なくても困ることはないので」
いや、困るだろう。看板がない時点で客足が伸びることはまずないし、そうなればパソコン、というよりネット環境があれば、本の売買の効率が確実に良くなると思う。今では店を構えなくても、パソコン一台で物が売り買いできる時代なのだ。
しかし、歩にはそれが不釣り合いに思えるのも確かだった。
「新刊の情報とか、どうやって知るんです?」
「うちと前々から取引のある出版社さんからお電話やお手紙で。ここでは通常の書店で扱わない新刊や古本も扱うものですから」
さらりと歩が言った。
どうやらここに出入りする出版社も、普通ではなさそうだ。
「あ、あの、一さん、そろそろ退勤のお時間です」
「え? あ、……ほんとだ」
歩に言われ、僕は古い壁掛け時計を見た。退勤時刻の一分前だった。
本のことを考えて、店に陽射しが直接入らないようになっているから、ここにいると時間感覚が薄れる。
でも、通常では扱わない本。そのことを聞いてみたい。それよりも、この後もう少しここにいられる理由ができたことが、僕にとっては嬉しかった。
と、マナーモードにしている僕のスマホの音ない音が、『ななし書堂』に響き渡った。
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