カオル

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 とはいえ今夜も十時過ぎまで働いていたし、三十近い独身男が一人でイブを楽しむのは怪しすぎる。というか正直に言えば、クリスマスなんて意識したくなかった。片思いの相手は自分以外の誰かと甘い夜を過ごすと思っていたのだから。  ところが予想外にも愛しいカオルは僕の部屋に転がりこんできた。僕そのものではなく病気で助けを求めてきたのだけれど、どんな理由にしろ彼がいてくれるのはうれしかった。  カオルは同級生だった竹原の弟だ。実家の総合病院を継ぐべく外科医となった兄とは異なり、音楽の道を志した彼は音大の作曲科に在学中。驚くほど美形なせいか、あるいは奔放な芸術家気質のためか、とにかくカオルはよくもてた――女にも、そして男にも。  アメリカに留学することになった竹原はこの弟を心配し、その監督を僕に託していった。理由は家が近いことと、上にバカがつくくらい真面目だからだそうだ。その選択は正しかった。今年の春先、初対面で恋に落ちたというのに、十二月の今日に至るまでカオルに何ひとつできずにいるのだから。  それでもカオルは僕になつき、何か困ったことがあると家に来るようになった。そんなわけで僕らは今、二人きりのイブを過ごしている。 「ほら飲んで。二錠だぞ」  スープを食べ終わるのを見はからい、薬のシートを差し出したが、カオルは反応しなかった。 「きらいなんだよね、薬飲むの」 「飲まないと治らないぞ」 「石井センセが手伝ってくれたら飲めるかも」 「手伝う?」 「口移ししてくれるとか」  細い指がシートを取り上げ、ユラユラ振ってみせる。熱っぽい瞳をまっすぐに僕に当て、カオルは笑っていた。からかっているのだ。風邪をひいているくせに、ガキのくせに。 「わ、わかった」  かなり年下の遊び人(しかも発熱中)に負けるわけにはいかなかった。薬もきちんと飲ませなければならない。僕はシートを破り、錠剤を二つ、口に含んだ。口移しだと? ふん、そんなことぐらいでビビってたまるか。  しかしカオルを抱き寄せ、その柔らかな唇にふれた途端、僕は激しく後悔した。口移しどころか、カオルはいきなり舌をからめてきたのだ。しかもふざけるので、小さな錠剤は何度も口から零れそうになった。僕はとにかく薬を飲ませようとやっきになって、ますますカオルを強く抱きしめることになり、結果、いつの間にかキスはものすごくディープなものになっていた。
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