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テッちゃんは数ある調味料群の中から、インスタントコーヒーの入った瓶をひょいと取り出した。中身を小さなプラスチックのスプーンで大事そうにすくってカップに入れる。そこに沸騰したお湯を注ぐと、今度はコーヒーの香ばしい薫りが、あたしの鼻孔をくすぐった。
「ほいよ」
「わぁ、ありがとう」
「天気もいいし、川原で食うか」
手渡されたカップから白い湯気が立ち上る。あたしは熱々のコーヒーをひとくち啜ると、歩きながらまだ熱いコロッケを頬張った。黄金色に輝く衣の中には、お肉やタマネギの美味しさが凝縮されている。サクッとした衣と、やわらかなポテトの絶妙なバランスがたまらない。
「気持ちいいね」
川原の草の上に、テッちゃんと並んで腰を下ろす。
対岸には、ジョギングをする人の姿が小さく見えた。川の上流から吹いて来る風は、人々の生活の匂いを纏って水面を滑ってゆく。
もう少し上流の方に行けば、纏まった路上生活者の集落があるのだけれど、テッちゃんは「オレは他人とつるむのは好かねぇ」と言って、少し離れたこの場所にひとりで住み着いていた。路上生活にもいろんなしがらみがあるらしかった。
昔、テッちゃんがどんな仕事をしていたかとか、家族のこととか、年齢とか、どうやって日々の生活費を稼いでいるのか、なんてことをあたしは何も知らない。
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