第1章

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 思わず振り向くと、流れる雲を映し込んだブラウンの瞳はとても綺麗に澄んでいて、生き生きとした光をたたえていた。 「君がなってあげるといい。彼女の居場所にね」    *  午後四時を回った頃、連絡を受けた僕は急いで第二手術室前へ向かった。  取っ手の無いスイング式のスチールドアの上、『手術中』の赤いランプがふっと消え、真珠がベッドごと運び出されてくる。ドラマのワンシーンのようだった。  ――ええ、わかった、後の説明は私が。  ピッ、という通話終了のデジタル音。白衣をひるがえし、ネックストラップ付きの院内PHSを胸ポケットにおさめながら雪里先生が足早にやってくる。 「瑠璃也君、お疲れさま。良かったわね、出血も20デシリットル以下、予定よりだいぶ時間がかかったけれど、無事成功よ。これから管轄が救命科から整形外科に移行するけど、真珠ちゃんの担当医は私が引き継ぐことにしたわ、これからもよろしくね」  例の『権限』とやらを発動したらしい。でも彼女が担当なら、僕もひと安心だ。  雪里先生は移動するベッドに寄り添い、眠る真珠の白い頬に繰り返しやさしく触れた。 「真珠ちゃん、終わったわよ、真珠ちゃん。ほら、瑠璃也君も」 「起こしていいんですか」 「術後を本人に伝える、そういう決まりなの」 「そうですか」僕は大股でベッドに追いつき、先生と反対側のサイドに付いて真珠の名を呼んだ。「真珠、わかるか、真珠」  ――ん……。  気だるそうに真珠が身じろぐ。うっすらと瞳をひらき、ゆっくり二度まばたきをした。 「ルリ……千早せんせい、ここは……、んっ」  ここはどこ。夢から覚めた眠り姫のような言葉はとぎれ、真珠はとたん苦痛に喘ぎだした。 「お水……お水ください、のどがからからで、あつい……!」 「わかった、真珠、いま水……」 「駄目よ」無情にも雪里先生は僕たちのやりとりを遮った。「術後十二時間は飲食できません。喉の渇きは、全身麻酔にともなって人工呼吸器を気管に挿入していたから。可哀相だけど濡らした脱脂綿でくちびるを湿らせることしか今は許可できないわ。そのぶん点滴で体内の水分補給をおこなうから、しばらくすれば苦痛はおさまるでしょう」  ――お水、水、みず、おねがい……。
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