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「悪い、嫌だよな、ごめん」
「いいよ」細い指にぎゅっと力がこもり、僕が手をほどこうとするのを阻んだ。「ルリになら、どう思われてもかまわないから、いいよ。でもね、これだけは、誤解されたくないの」
「誤解?」
「そう、わたしね」真珠の笑顔は一転して真剣なものになる。「死にたかったんじゃないの。まいばんまいばん、たしかめなくちゃ、わたしはわたしでいられなかったの。メスを肌に押しあてたときの張りつめた緊張感、力をこめて引いたときの痛み、ぱっくりひらく傷と、そこからみえる肉のぶぶん、そして……ふきだす赤い血……そうしてようやく、わたしはすこし、ほっとするの」
「どうして、」
「いきてるってこと、たしかめられるから」
「……」
どうせ死ねないくせに、一度か二度、そんなふうに思った自分を、僕は恥じた。
「そうか。生きたかったんだな……」
「うん」
「……決めた」
「なあに?」
「お前は生きてる。だから僕は、お前がそれを確かめられる方法を他に探す」
手始めに。
僕は真珠の手のひらを上にして細い腕を引き寄せ、傷あとにそっと、キスをした。
もうこのまま、離したくなかった。
……。
「…………ありがとう、ルリ……」
沈黙をやぶった愛しい真珠の声は、涙に震えていた。
*
術後の真珠の回復ぶりはめざましかった。あいかわらず定時の痛み止め注射がなければいられなかったが、まず看護師や僕の手を借りて寝返りが打てるようになり、点滴のみでおこなっていた栄養補給も横になったままではあるが全粥食へと変更になった。週末にはできあがってくるという医療用硬性コルセットを装着すれば上体を起こすことができるようになり、車いすでの移動が可能になるとともにおむつと導尿の管が外れる。
まるで赤ん坊から大人へと、早回しの映像を見ているようだった。
まさしく真珠は今、生きなおしている。そんな希望に満ちた印象だ。
木曜日、病室へ見舞いに行くと、真珠はテレビを見ながらクスクスと笑っていた。
昼間の個室は手術をしたあの夜を忘れてしまいそうなくらい、燦々とした光に満ちている。
「よお、妖怪食っちゃ寝」
「ルリ、とべなきゃただのアンパンだよっ!」
「何がだよ」
「アンパンマン! いまのはばいきんまんの名台詞、ただいまランキング二位」
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