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「……たとえば、半身不随になるようなことは、ありませんよね」
「可能性は無いとは言えない」雪里先生は無感情といってもいいほど淡々と告げた。「これから折れた腰椎をボルトで支える手術をすることになるわ。そのあとリハビリの段階で歩けるかどうか、要観察というところね」
「……そう、ですか」
「意識が戻ったら、声をかけてあげて。なるべくやさしく、でも何気なく。男の子なんだからわかるわね。……じゃあ、悪いけど他の患者のところに回らなくちゃくけないの、他に何か聞きたいことはある? 手短にお願い」
だから、彼氏じゃないんだって。その点がもっとも不可解だった。「その……」すこし考えて、雪里先生の言うとおり、僕は質問を簡潔にまとめた。
「どうして家族ではなく僕がここに呼ばれたんですか」
「真珠ちゃんののスマホ、」
「え」
雪里先生の澄んだ瞳には、憐れみとも憂いともとれる影がうっすらと差していた。
「あなたの番号しか登録されていなかったの」
*
とりあえずベッド脇にひとつきり置かれたスツールに腰かけて、眠る真珠の顏をぼんやり眺めていた。
真珠のスマホには僕の電話番号しか登録されていなかった。そんな事実に僕はさまざまな憶測を巡らせた。一見すると社交的で人なつこい真珠だが、本当は誰のことも信じることができなかったのだろうか。鳴らない電話を見つめて、孤独を噛みしめていたのだろうか。その中で僕の存在は……、
……特別、だったのだろうか……。
そんなこと、喜ぶべきじゃない。けれど、けれど僕は……。
そのとき苦しげな真珠の顔が、いっそう苦痛に歪んだ。
「……う、」
「……真珠?」
「くるし、い、」
脱色されたかのような白い手で、酸素マスクを外そうとする。僕はとっさに立ちあがり、それを制そうとした。
「だめだ、外したら余計、苦しくなる」
「……だって、いや、なの、こんなの……え、」
僕の手が真珠の手に触れたとたん、閉じられていた青白いまぶたは震え、長い睫毛が動いた。虚ろな瞳が、どうにかこちらをとらえようとする。「……ルリ?」
「馬鹿、」気がつくと僕はいつもの憎まれ口を叩いていた。「この、死にぞこない」
「……ルリだぁ」
真珠はゆっくりと酸素マスクを顎まで引き下げ、秘密を打ち明けるようにクスクスと笑った。「わたし、とうとう飛び降りちゃった」
「知ってる」
「じゃあ、これもしってる?」
「何」
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