第1章

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 すぐにもうひとりの看護師がやってきて、注射器型のアンプルを真珠の点滴に繋いだ。ぷしゅ、と音がして微細な泡とともに薬液が混ざり合い、細い腕の静脈へと吸いこまれていく。 「シンジュちゃん、大丈夫よ、すぐに楽になるからね」  うん。消え入りそうな返事とともに真珠はちいさくうなずき、まもなくすうっとまぶたを閉じた。  ――ルリは、私が死んだら、いやだった?  何故、あたりまえだと声を大にして答えられなかったのだろう。  僕は自分に愕然としていて、恥ずかしくて、悔しくて、どうしてか切なくて。真珠がふたたび静かに眠りについたのを見とどけたあと、逃げるように病室を後にした。    *  ――もしもし瑠璃也君?  雪里先生からの電話は午前七時。事件当時のように唐突で、その声はやはり同じく張り詰めたものだった。  ――真珠ちゃんの手術の日程が決まったわ。あのまま麻酔漬けにしておくのはあまりに可哀相だし、寝たきりの状態が長く続くほど回復も遅くなる。だから私の権限で順番を先にまわしてもらったの。立会人はあなた。手術開始は九時半。八時までに桜木病院へ来て、いいわね。 「待ってください、九時半って今日の午前、ですか」  ――空きがそこしかなかったの。このチャンスを逃したら真珠ちゃんの苦しみは続くし、足腰もどんどん弱っていくわ。わかるでしょう、真剣に考えてちょうだい。 「僕は真剣です。大学を休むくらい訳ないことだし……だけど、手術の立ち会いって、普通は家族でなきゃ、」  ――あなたの方が適任だと判断したからこうして連絡したんじゃない。つべこべ言わないで早く支度しなさい。あと一時間と無いわ。急いで。  雪里千早にはかなり横暴なところがある。権限と言ったがそれがどれほどのものなのか、僕には計り知れない……。と、僕はまた無駄に冷静な考え事をしながら青のハスラーで桜木市立中央病院へ向かった。この思考スタイルはもしかしたら防衛本能にもとづくものかもしれない、そんなことも思った。  救命病棟に到着すると、待ち構えていた雪里先生は「良かった、いい子ね」といって少し笑顔を見せた。笑うと奥二重の淡い化粧が映える。不謹慎にも、思わず見慣れた真珠の童顔とくらべて複雑な気分になった。
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