第1章

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 が、そんなことが許されたのは一瞬。雪里先生は僕を半ば無理矢理面会室に連れ込むと、まずB4の大きな書類を突きつけるようにしてテーブルの上に置いた。椅子に着く間も惜しいのか、立ったまま説明を始める。 「鳴海真珠ちゃんの術式名称は腰椎椎体形成術。圧迫骨折した第三椎体を挟んで人工骨を注入し、骨自体を補強する手術よ。折れた骨が癒合するまで、さらなる圧潰を防ぐために対象骨の上下の椎体を金属で連結および固定させます。オーケー?」  全然オーケーではない。イメージすら湧かない。 「……人工骨を、注入って、具体的には、」 「いわばネジを差し込むということね。バーとナットで固定して、合計八本のボルトで背骨を支えるの。ちなみにすべてサージカルチタン製、拒絶反応の可能性は限りなくゼロに近いわ。真珠ちゃんに、特別なアレルギーは?」 「……左耳にピアスをしていますが金属アレルギーの話を聞いたことはありません。食べ物だって、見かけによらず、何でも食べる……」 「ありがとう、さすがは彼氏ね」 「いや、だから僕は、」 「次、輸血の同意書にサインしてもらうわ」  雪里先生は間髪入れずにテーブルの上の書類を平手でぽんと叩いた。 「輸血……?」 「万が一のため。万が一っていうのは、予期せぬ大出血や動脈損傷などが起こった場合のこと。たまに宗教上の理由などで拒否する人もいるんだけど、真珠ちゃんは同意したわ。あとは立会人のあなたのサインが要るだけ」  仰向けのまま書かれたのだろう。『鳴海真珠』と、のたくったか細い字で記されている。  いや、もしかして大出血だのと説明されて怖かったのかもしれない。そう思うと胸が痛い。  西森瑠理也。かわりに僕はありったけの筆圧をかけて、記入欄からはみ出るほど大きく名前を書いた。 「オーケー。コピーを取ってくるわね。説明はこれで終わり。あとは三点、T字帯に防水シーツ、それから加圧ソックスを売店で買ってくること。ソックスは術後の血栓形成を予防するためのもので、一足単位で売っているわけじゃないから気をつけて、二つ買うのよ」 「ええっと、T字帯、ってなんですか」 「もう」雪里先生は口元を緩め、苦笑いをしてみせた。 「簡潔に言うとガーゼのふんどし。野暮なこと聞かないの、ほら、さっさと行く」    *
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