蝉時雨

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高校を、卒業したら新たに一人で暮らすつもりだった。 でも、父の写真は受け取った。 そして、警察が調べたあとの母の日記やメモなどは、目を通すことにした。 母は、愛人のことを事細かに調べていた。 ストーカーまがいになっていたらしく、それが捨てられるきっかけだったらしい。 休みの日に、何と無く愛人の男の家に足が向いた。 意味は、ない。 何を見て母が絶望したのか気になった。 愛人の家は、塀に囲まれた大きな家だった。 何も見えはしない。 虚しくなり帰ろうとしたその時、愛人の男が玄関から出てきた。 とっさに身を隠した。 一人で何処かに歩いて出掛けるようだ。 俺は、吸い込まれるように後をつけた。 愛人の男は、俺に気づくことなく、ノロノロと歩いていた。 川辺の道に、出た。 散歩だろうか。 俺は、隠れもせず、その後を追う。 全く気が付かない。 初夏。 蝉時雨が、俺を包みこむ。 死んだはずの、母の泣声も一緒に聞こえる。 耳を塞ぐ。 しかし、蝉時雨と母の泣声は、耳に響く。 息苦しい。 意識が朦朧とする。 蝉時雨と母の泣声が頭の中で響き渡る。 ベルトを外した。 愛人の男の、背中が、俺に迫って来る。 男は、俺の懐で悶え苦しんだ。 不意を突かれた男の首には、容赦なくベルトが食い込む。 蝉時雨が全身を、覆う。 男の動きが、緩慢になる。 やがて腕の中で生命が砕ける感覚があった。 しかし、俺は腕の力を緩められなかった。 どれくらい、締め続けただろう。 腕に力が入らなくなってきた。 ベルトを離した。 男は、地面に吸い込まれ、やがて土手を転げ落ちていく。 息苦しさが、消えた。 母の泣声も消えた。 しかし、蝉時雨はいつまでも鳴り響いていた。
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