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 今年に入ってから人が死にすぎる。刑部佑志は葬儀用ネクタイをむしり取りながらエレベーターに乗りこんだ。寝たきりだった母方の祖母が年明け早々亡くなったのを皮切りに、顔も見たことのない親戚がくも膜下出血で死亡。そして、見えない鎖でつながれているかのように、高校時代の同級生が先月急死した。顔と名前だけはかろうじて記憶にあるくらいの間柄だったが、連絡を受けた以上知らん顔もできず、葬儀に出向いた。ひどい雨だった。式場のトイレで隣合わせた男に、「心筋梗塞だって、かわいそうにな」と声をかけられた。顔に見覚えはあるが、どうしても名前が思い出せなかった。出棺時に、遺影を抱えた妻と、娘らしき小学生くらいの女の子がよりそって立ちすくんでいたのが印象的だった。妻は悲嘆のあまりか、親族の人が差しかける傘に入ろうという意志すら失っているらしく、髪も肩も濡れそぼって重たげで陰惨にすら見え、ことばを交わしたこともない彼女が哀れに思え胸にこみ上げるものがあったが、伏せていた頭をふとあげたときにかいま見えた横顔がすこぶる美しく、それに似たのか娘も人形のように端正な顔立ちをしていたからだろうか、ふと嗜虐的な快感が胸をよぎってしまい、うしろめたさに襲われながら霊柩車を見送った。  オフィスに戻って空調のきいた空気に触れて、佑志は初めて背中が汗で湿っていることに気づいた。デスクに向かわず奥のロッカールームに直行し、上着と葬儀用ネクタイをロッカーに放りこむ。見るからに安っぽい葬儀用ネクタイは、昨日、突然通夜の手伝いを命じられて近くのコンビニで買ったものだ。亡くなったのは取締役の実母だ。通夜なので別に普通のネクタイでかまわないと言われたのだが、どうせ葬儀にも駆り出されることはわかりきっていた。同級生の葬儀の後クリーニングにも出さずにクローゼットに放りこんだままの汗臭いネクタイをつけていくのは少しはばかられた。 「あ、お疲れ」  課長の坂本が佑志に気づいて立ちあがった。 「いつも悪いね、こういうのはやっぱり独り者が頼みやすくてさ。ほら、お通夜とか、家も空けやすいし」  
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