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川瀬ひとみはどちらかといえばめだたない女性で、同時入社の二人の女子社員、白石裕子と横山梨花がともに今どきの女の子らしい華やかな雰囲気であるのと対照的に、しっとりと落ち着いた空気を放ち、口調や物腰もやわらかだった。顔だちはすっきりとはしているがとりわけ美人というわけでもなく、どことなくあか抜けない川瀬ひとみになぜ惹かれるのか、佑志はときおり不思議に思うことがあった。むしろ、佑志のお気に入りの女優と似た雰囲気の横山梨花の方が理想に近いはずなのだが、彼女を前にしてもさほど心は動かず、意識はすぐに川瀬ひとみに引き寄せられるのだった。
とはいっても、佑志は何の行動を起こすわけでもなかった。気になる女性にアプローチをしかけるという発想は彼にはなかった。来る日も来る日も、ひたすら川瀬ひとみの姿を目で追い、その香りを味わうということをくり返すだけだった。帰り際の挨拶をのぞけばことばを交わしたことすらなかった。男性ならば当然有しているはずの、好きな女性と遊びに行きたいとか、恋人にしたいという欲求を司る部分が、もともと存在しないのか、何かが原因で覆い隠されているようにみえるのか、佑志には抜け落ちているようだった。佑志自身も、ときおり心の奥底で息づく女性への欲求にふと気づくことがあるが、恋人と一緒に過ごす自分の姿がまったくイメージできず、そのたびに場所も言語もはっきりしない国への旅行を企てているような漠然とした無力感にとらわれて、すぐに考えることをやめてしまう。その際に意識の深いところで影のようにゆらぐ恐怖、もしくは哀しみに似た感情に気づいてはっとすることがあり、それが問題の核心であるように思えてとらえようとしてみるのだが、たいていすぐに見失ってしまう。
終業時間はとうに過ぎていたが、佑志は校正作業を続けていた。葬儀で時間をとられた分、作業が滞っているのは確かだが、翌日にまわしても特にさしつかえがあるわけでもない。壁の時計は八時十分前を指していた。佑志の職場では、新人の女子社員の残業は八時までという暗黙のルールがある。川瀬ひとみはデスクの上の整理を始めているようだった。尿意をおぼえていたが、佑志はトイレにたつのをしばらく我慢することにした。
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