ビハインド

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「ん……柊、いま何時?」 大学会館の二階にある、学生自治会室にいた。僕にいま時刻を尋ねてきた宮野咲(みやのさき)は、この大学の、学生自治会長である。そのような大仰な役職を背負っていながら、講義のサボりは日常茶飯事、一講や二講はともかく、時には午後一時近くから始まる三講すらも寝坊でぶっちぎる、ある意味大学生の模範ともいうべき存在だ。 単純に、他の自治会執行部員に店番をバトンタッチして、朝から出ずっぱりだった僕と宮野さんは、自治会室に引っ込んでいたのだった。別に僕はそのまま外で風を感じていてもよかったのだが、宮野さんが「一人でいるのつまんないから、相手しろよ」と強引に僕の手を引っ張ってきたのである。僕にとっては、そんなことは「いつものこと」であり、別にたいした不思議なことはないのだが、他人から見るとどうもそうではないらしく、特に宮野さんは、本人にその自覚があるかどうかはさておいて、その容姿はわりかし学内でもイイ意味で目立つ側の人物であるから、当然にそういう想像を勝手に脳内で繰り広げる人間もいる…ということらしい。 「三時を回ったところですけど」 「え、マジで? あたし、どんだけ寝てたんだろ」 口の端に引かれた一筋の涎のあとを拭いながら、宮野さんはゆっくり起き上がった。一人だとつまらん、と言いながら僕を呼んできたくせに、宮野さんは部屋に入ると、すぐに机に突っ伏した。眠りに落ちる寸前には「一時間経ったら起こして。もちろんその間はここにいてね」という命令付きで。取り立ててやることもなかった僕は、本を読みながら、その一時間が経つのを待っていたわけだが、宮野さんはそれよりも早く、自分で勝手に目を覚ましたのだった。 「あー。でもなんか、寝たらちょっとすっきりしたな」 言いながら、鞄の中からペットボトルを取り出して、宮野さんはその中味を口に含んだ。その姿を、僕はちらりと一瞥する。 暑いからと、普段は下ろしている胸の上あたりまでの髪を頭の上でおだんごにした宮野さんは、僕が普段気づいていなかっただけかもしれないが、透き通りそうな白い肌をしていた。暑さでほんのり上気したうなじが、妙に艶かしい。気づかれる前に、僕は手にしていた文庫本に視線を戻す。
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