ビハインド

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「三時過ぎってことは、もうそろそろ、フィナーレの時間か」 「そうですね」 全日程二日間の文化祭の、二日目だった。フィナーレでは、最優秀出店賞の発表とか、そういうのがあるらしいが、僕はさらさら興味がなかった。どうせ二年生の僕は、来年も、もしかしたら再来年も、文化祭に参加することになるのだから。そもそもが、もともと文化祭になど興味を持ったことはない。 すると、宮野さんが、ポツリと呟いた。 「―あたしは、たぶんこれが、最後になるだろうな。学祭」 え、と僕は声にならない声を洩らした。僕は二年生で、宮野さんは三年生だ。普通どおり行けば、宮野さんはあと一回、この文化祭に参加できるはずなのだ。 「どうしてです?」 冷静な声色をつくりながら、僕は宮野さんに、静かに尋ねた。宮野さんは、普段のおちゃらけた様子はどこへやら、神妙な面持ちで、言葉をこぼした。 「就職活動の開始時期、ずれたでしょ。変な話だよねえ、五~六年くらい前はもう今頃ぜーんぶ終わってたはずなのにさ」 確かにそんなようなネットニュースを観たような気はした。二〇一〇年代前半なんていうのは、だいたいが四月から面接試験の開始だったはずなのに、ここ最近はその時期がぐっと後ろにずれてきている。確か、いまの宮野さんたちの代の就職試験解禁は、六月になるらしかった。 「さすがのあたしも、就活くらい真面目にやらないとさ。正直、親もうるさいんだ。せっかく国立大学に入ったんだから、いいところに入れ…ってね」 「―そうですか」 気づいたら、僕は手にしていた文庫本に栞を挟んで、閉じてしまっていた。どうやら、就職活動が本格的になっているであろう来年の今の時期には、宮野さんほとんど大学に姿を現すことがない…ということを感じ取っていたらしい。その頃になっていれば、もう新しい自治会長も選任されて、宮野さんがこの自治会室に顔を出すこともなくなっているのだろう。 当たり前に、眼前に広がっていた日常が、急に音を立てて崩れていく。それは別に、自然災害に巻き込まれた人間だけでなく、誰にでも感じられる、そして起こり得る出来事なのだ。そのことに気づいたのが、僕はあまりにも遅過ぎた気がする。 はっきり言ってしまえば、僕が宮野さんに特別な感情を抱いたことがないか…と問われて、即座に「ない」と答えることは、嘘になる。
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