ビハインド

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「―ねえ、柊」 ふいに話しかけてきた宮野さんの声によって、僕は現実に引き戻された。 「なんですか、宮野さん」 「せっかく飲酒可の学祭で一滴も飲めないのは、いくらあたしたちが学生自治会の執行部員だからって、おかしいとは思いませんか」 「こういうのが『ノブレス・オブリージュ』ってやつだと思いますけど」 「そんなこと知ったことじゃないのよ。飲みたいもんは飲みたいの」 冷ややかに返答した僕のことが気に食わないのか、宮野さんは椅子をはね飛ばすように立ち上がった。そのまま、コツコツと靴音を鳴らして僕の方に近づいてきたかと思うと、次の瞬間、宮野さんは僕のことを後ろから抱きすくめていた。 っ、と僕は声にならない声を唇の端あたりからこぼした。先に申し添えておいた通り、宮野さんが僕に対してちょっかいをかけてくるのは今日に始まった話ではないが、さすがにこれほどまでの密着具合は、僕が宮野さんと出会ってから、初めてのことであった。 「ねー、行こうよー、飲み行こうよ、柊」 後ろから僕にべったり抱きついた宮野さんは、そんな言葉を呟きながら、身体を前後に揺らしてきた。こういうのは欲しい物をねだる五歳児が両親に向かってやるものだと思っていたが、僕はまだ大学二年生の身でそれを体感している。それがなんとも面白かったが、それよりも宮野さんのつけている香水の甘いベリーの匂いと、僕の腕に触れた宮野さんの腕から感じる、女性の肌のなめらかさとか、そういう感覚的なものばかりが先行してきて、さっぱり脳内で処理ができなくなっていた。
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