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おじさんのメッセージには写真が一枚ついていた。
コンクリートの上に麺と野菜がぶちまけられている。路上で焼きそばを焼こうとしたのだろうか。目的がよくわからない。
「大丈夫ですか」
返事はない。
「いまどこにいますか」
二枚目の写真が送られてきた。
「ここに」
その写真にはこの間まで働いていたコンビニが入ってる駅ビルが写り込んでいたので、俺は驚いて、しかし感慨に浸っている場合でもなかったので、焼きそばがぶちまけられているところに出かけた。
焼きそばとガラの悪い若者に囲まれて虫の息になっているおじさんを見つけた俺は警察に連絡しようとしたが、若者は俺に気づいてさっさと逃げてしまった。
「くそっ、焼きそば屋狩りにやられた」
おじさんは息も絶え絶えにそんなことを言っているが、ピンポイントで焼きそば屋を狙うことがあるのか、それはただのオヤジ狩りではないのかと俺は要らぬ心配をした。要らぬ心配をしたので、救急車を呼ぶのが遅くなってしまった。
俺は面倒なので帰りたかったが、他に誰もいないので付き添いで救急車に乗ることになってしまった。
病院に着くとおじさんのオペが始まった。病院からの帰り道が分からないのと帰るタイミングを完全に失ったのでここに残ることになった。
処置が終わっておじさんの意識ははっきりしていたが、なにやら沈痛な面持ちだったので興味本位で理由を訊いた。
「俺はもう……焼きそばが焼けない体になっちまった……」
焼きそばが焼けないことをさほど深刻だと思わない俺はしかし、てきとうにあしらってはかわいそうなので同じくらい深刻そうな顔になって頷いた。
おじさんはとうとう泣き出してしまった。焼きそばを焼けない人生に意味はないらしいが、じゃあ焼きそばを焼いていなかった頃の人生はなんだったのかと思って訊いてみた。
「じゃあ焼きそばを焼いていなかった頃の人生はなんだったんですか」
途端に数名の看護師に睨まれたので、すかさず変顔をしてやった。
おじさんは「焼きそばを焼き始めて俺の人生は変わったんだ!」みたいなことを訴えた。
女房は薄情だし子供はただの子供だし仕事先の連中は出世競争ばかりで怖かったらしい。
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