焼きそば

5/5
前へ
/5ページ
次へ
 自暴自棄になったところである日神様が夢枕に立ちうまそうに焼きそばを食い始めたから焼きそば焼き屋になったのだという。 「奥さんと子供がかわいそうだなぁ」  俺は自分の境遇と重ね合わせておじさんの家族の方にむしろ同情した。  あんなロクデナシの、父みたいな男には絶対になるんじゃないぞと母は過労で老けた顔を鬼のようにして俺に言い聞かせたものだった。  そういえば母さんは焼きそばが大嫌いで小さい頃俺が何度焼きそばが食べたいとせがんでも絶対に食べさせてくれなかったし小遣いでカップ焼きそばを買えば全部勝手に捨てられた。しまいには焼きそばのやの字にすら反応して俺を怒鳴りつけるようになった。なので俺はやという音を発することに異常に神経質にならざるを得なかった。  ふと思い立って俺は、焼きそばのおじさんに名前を訊ねてみた。  するとものの見事に幼い頃に別れたきりの父親のフルネームが返ってきたので驚いてしまった。 「そうか、君が俺の息子だったんだな」  おじさんの方でも息子に会って嬉しいというよりはどうしたらいいか分からなくて困惑した様子を全開にしていた。 「うんでもまあ、丁度いい時に再会した」 「丁度いいって何です」 「お前、俺の焼きそば屋を継ぐ気は無いか」 「結……」  結構ですと断ろうとしたが途中で言葉が止まった。だって自分は失業中の身なのだ。 「引き受けてくれるな」  俺はしぶしぶ了承した。久しぶりに握った父の手は硬くてしわしわしていてよく見ると手のひらにキャベツが貼りついていた。  こうして焼きそば屋になった僕は、父に教えてもらいながら毎日焼きそばを焼いている。  でも、SNSには空の写真しか載せない。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加