第一章

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「俺も、帰らなくちゃな」  その声がまた切なげで、無駄に気持ちをかき乱される。 「帰りたくないの?」  足を止め、つい、聞いてしまった。    誘い受けを見過ごすことに罪悪感が芽生えてしまうのは、やはり相手が彼だからなのか。  無視など、とてもできない。  時折見せてくれるこの姿は私だけのものだ、そんな思い込みがあるのかもしれない。  何を話すわけでない。相談に乗っているわけでもない。ただ、他の友人には見せない、素とも言えるような姿を見せてくれるというだけだ。  それでも、その度に、私は彼にとって特別なんだとつい考えてしまう。  考えながらも、それが勝手な妄想である自覚はあったし、万が一特別であったとしても、『彼が私に望む立ち位置』が私の望むような立場でないことも、推測できていた。  努めて冷静に対応する。 「いや…」  口ごもる彼が可愛らしく、愛しい。 「…まだ先生来てないし。良いんじゃない、ここにいても」  煮え切らない態度に助け船を出すつもりで応じた言葉にも、やはり、「うーん」と肯定とも否定とも取れない返しを受ける。 「何かあるの?」 「いや、まさか。多分、何もないんだ。ん、きっと」 「…ははっ」  思わず笑いが漏れてしまった。 「何かあるかもしれない訳ね」  少し神妙な顔つきになっていた彼も、途端に破顔する。 「そーなるな」 「いーよ」  彼の笑顔を受け止めながら、私はその一言を口にした。
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