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「俺も、帰らなくちゃな」
その声がまた切なげで、無駄に気持ちをかき乱される。
「帰りたくないの?」
足を止め、つい、聞いてしまった。
誘い受けを見過ごすことに罪悪感が芽生えてしまうのは、やはり相手が彼だからなのか。
無視など、とてもできない。
時折見せてくれるこの姿は私だけのものだ、そんな思い込みがあるのかもしれない。
何を話すわけでない。相談に乗っているわけでもない。ただ、他の友人には見せない、素とも言えるような姿を見せてくれるというだけだ。
それでも、その度に、私は彼にとって特別なんだとつい考えてしまう。
考えながらも、それが勝手な妄想である自覚はあったし、万が一特別であったとしても、『彼が私に望む立ち位置』が私の望むような立場でないことも、推測できていた。
努めて冷静に対応する。
「いや…」
口ごもる彼が可愛らしく、愛しい。
「…まだ先生来てないし。良いんじゃない、ここにいても」
煮え切らない態度に助け船を出すつもりで応じた言葉にも、やはり、「うーん」と肯定とも否定とも取れない返しを受ける。
「何かあるの?」
「いや、まさか。多分、何もないんだ。ん、きっと」
「…ははっ」
思わず笑いが漏れてしまった。
「何かあるかもしれない訳ね」
少し神妙な顔つきになっていた彼も、途端に破顔する。
「そーなるな」
「いーよ」
彼の笑顔を受け止めながら、私はその一言を口にした。
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