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「…は?」
「できることがあるならやるよ。教室が施錠されるまで一緒にいようか? それとも一緒に帰る?」
「…ははっ」
漏れた笑い声が乾いたように硬く響く。視線を外したアユクンが、大きな右手で自分の前髪を何度か乱暴に散らした。
「…俺が、卑猥なお願いするとは思わないの?」
顔を背けたまま、視線だけを私に向けて、ゆっくりとアユクンが問う。
怖がらせるような低い声は、逆に怯えているようでもあった。
唐突にどうしたのか。
それに、今更こんなセリフを挟み込んでくるなんて、どんな牽制だというのか。意図が掴めない。
だから、素直に応じる他なかった。
「そういうお願いなの?」
「……そーじゃナイデス…」
弱々しく言い返しながら、彼は俯いた。
一体何が言いたいのか。
「…じゃ。私、帰るね」
「えっ、俺もっ!」
私が回れ右をするより速く、彼が立ち上がった。
しかしその勢いは次の瞬間には消沈していて、早くも次の言葉が続かない。
曖昧な態度を好まないいつもの彼とはかけ離れた様子が、 何とも庇護欲を掻き立てる。
と、言うよりも、やたら庇護欲を掻き立てられている私の方が“らしく”ない。彼には、いつもペースを乱されてしまう。
「それじゃ…一緒に、帰ろうか」
なつかない猫にする如く、興味なさげに一言だけ呟き、しかし間違いなくあなたに言っているのだよと視線で伝えた後、彼の反応を確認せぬまま私はきびすを返した。
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