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「あ、そうそう!お父さん、昨日スマホをいきなり買ってきて、SNSを始めたのよ!なんだっけ?呟く奴!」
電話口からの母の言葉に思わず、コーヒーを吹き出しそうになった。
「えぇ!?あのお父さんが!?」
私の父は厳格な親で、出勤前にはメガネの奥で目を細めて眉間に皺を寄せながら新聞を読み、夕ご飯の時にテレビをつけようものなら怒ってくる。
さらにはスマートフォンが一般的になったこのご時世に、折り畳み式の携帯電話を未だに「使い方がわからん」といってメールもしたことがなく、デジタル製品にめっぽう弱い化石のような人だ。
そんな人がいきなりスマートフォンを買って、あまつさえSNSなんてものに手を出したのだ。
私からしてみれば、地球が滅びる以上の大事件だった。
「この間定年を迎えて、暇になっちゃったみたいでねぇ。ほらあの人ずぅーっと仕事一筋だったじゃない?休みの日も書斎でずっと仕事するくらいだったし。だからその反動かもね」
電話の向こうでケラケラ笑う母の言葉に、昔の父のことを思い出した。
父が家でゆっくりしているというのは見たことがなかった。
代わりに見たのは、休みの日でもずっと書斎に籠り、ひたすら書類や本とにらめっこをしている背中だけ。
私は自分が女だということもあり、母親が遊び相手になってくれていたが、弟はそれが不満だったようだ。
年頃の男の子が父親と外で遊ぶというのは、ある意味夢なのだろう。その夢が叶えられなかった弟の気持ちはなんとなくだが分かる気がした。
「反動ねぇ」
母の言葉をなんとなく繰り返していたら、母が突然聞いてきた。
「そういえば、あんた!いつ帰ってくるのよ!年末も年始も帰ってこないで!」
母の金切り声に思わず顔をしかめる。
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