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『父の日も子供たちは帰ってこないらしい。寂しいものだ』 たった一言、つぶやかれたその言葉に私は言葉を失った。 私が普段見てきた父からは決して出ないであろう言葉がそこには書いていた。 スマートフォンを枕の元に置き、父親の顔を思い出す。 私の記憶の中で父はいつも黒縁のメガネを掛け、苦虫をつぶしたような渋い顔をしていた。 そんな父が、寂しいと言っていた。 SNSと呼ばれる大半のものは他人と繋がるコミュニケーションツールだ。 仕事も辞め、家には母だけの生活。 寂しいと言う言葉に、SNSを急に始めた理由を見つけた気がした。 ふと最後に実家に帰った日のことが、脳裏に蘇った。 普段と変わらず、リビングで新聞を読み、私がただいまと声を掛けるとちらっと視線を向けて、ぶっきらぼうに一言「お帰り」といった父親。 すぐに新聞紙の向こうに顔を隠したが、新聞紙から覗く父の口元がわずかに笑っていたのを思い出した。 そうだ。どんなに厳格でも、どんなに怒っても、あの人は私の父親なのだ。 私は、スマートフォンを手に取り、再び母に電話を掛けた。 しばらく呼び出し音が鳴り、母が出た。 「あ、お母さん?今度の父の日、帰るから。お父さんにもそう伝えて」 私の言葉に驚く母。 「急にどうしたの?」 「別に…」 「別に…って。まぁ、良いわ、お父さんも喜ぶわ」 何時に帰るのか、何泊するのかなどの話を終えてスマートフォンの通話終了ボタンを押す。 父の日何プレゼントしようかな…。 ボソッとスマートフォンを持ちながら呟く。 何気なしにSNSのアプリを開くと、父親のプロフィールの画面だった。 そこには新しい呟きが載っていた。 『娘が帰って来るみたいだ。いつもあいつは急だ。しようのない奴だ。晩酌でもしてもらうか』 その一文に、新聞紙の向こうの父親の笑顔を想像した。 しようのない父親だ。 晩酌くらい付き合ってあげますか。
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