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「今でも時々夢に見ることがあるんだがの。ダムに沈んだわしの村は、それは長閑でいいとこだったよ。ま、産業といえば農業ぐらいのもんで、若者にはしごく退屈な場所だったがの……だが、ある日、そんな平和な村を震え上がらせるような事件が起きたんだよ」
「事件?」
その不穏な二文字に、私は不安と期待のない交ぜになったような興味を覚える。
「そう。大事件だ。そもそもの発端は古田五郎蔵という村の男が突然死んだことだった」
「古田五郎蔵?」
いったい、その男が事件とどう関わっているというのだろう? 事件と言うからには、もしや殺人事件だったのか?
だが、私の予想を裏切り、老人の話は奇妙な方向へと向かい始める。
「その五郎蔵という男は乱暴者でね。酒を飲んでは暴れるんで村人全員から嫌われていたよ。だから、五郎蔵が死んだとわかった時には、悲しむどころか皆で喜んだくらいのものだ。その女房や子供達でさえもね」
死んで喜ばれるとは、どんだけ嫌われ者だったのだろう……まあ、そんな酒乱の暴力者ならば、家族にまで嫌われるのも致し方ないことではあったのだろうが……。
「まだ40そこそこの若さだったかな? なんでも酒を飲み過ぎて泥酔した挙句、夜、大雨の中出て行ったと思ったら、翌朝冷たくなって発見されたらしい……言ってみりゃあ、自業自得だな。で、そんな鼻つまみ者でも一応は弔いを出してやらにゃいけないからね。皆でしぶしぶ葬儀をすませ、寺の墓地に埋葬した……ああ、焼き場になんか行ったりせんよ? あの頃は今と違ってな、火葬ではなく土葬だったからね」
「ああ、そんな時代なんですねえ」
その馴染みのない葬儀の仕方に、私は浦島氏の生きてきた時代との差を改めて感じた。この日本にも、かつては〝土葬〟という習俗があったのだ。
「ま、そうして無事に葬儀はすんだんだが……ところがだよ!」
私がそんな本題からは外れた所に関心を寄せていると、浦島氏は少し溜めてから強めの口調で言った。
「葬儀の翌日、村人の一人が偶然、墓地の脇を通りかかった時、なんと、そのまだ新しい古田五郎蔵の墓の下から、ドンドンと何かを叩くような音が聞こえてきたんだ」
「音?」
私は、わずかに身を乗り出して眉間に皺を寄せる。
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